分析    疾病   ・訳

                                          2002,07,04                                                                        

                                                 CB 140003    倉本  卿介

 

 古病理学は、過去の人達の疾病に関する研究である。

人の遺骸からは、多分彼等が残した古器物や居住地から解かる以上のことを知ることが出来るだろう。一方、考古学は客観性を重んじるものであるからそれを研究する者としては、過去からまさに夫々の真の生活様式を知る為に研究しているのだと言う自覚が必要である。わずかな骨格の分析からも多くの事が解かる。個々の年齢や性別また身長や体格についても屡判断し得る。さらに法学者が犯罪事件で行う顔立ちの復元さえ同様に可能である。

ネアンデルタ-ル人のような、多くの初期人類の顔さえも復元されている。

 マンチェスタ-・ミイラ・プロジェクトの研究の一部門では、医療専門のイラストレイタ-がミイラの幾つかの頭部の復元画、複元図や模型の作成を行っている。人骨から個人の遺伝形質や自然環境、社会状態などに関し驚くべき多くの情報が得られる。骨は、疾病、奇形、不十分な日常の食事、事故或いは暴力の結果としての損傷−早死にや老衰等の証拠を示す。また一方では、逞しく良好な健康さ、酷い負傷からの治癒、或いは重病でありながらも長期間生存していた等の証拠を屡見出すことが出来る。

 骨は、一生を通じて変化する。骨格は身体の器官の一つであり、骨はそのものの内に骨を構成する細胞(骨細胞)のみでなく、骨を破壊する細胞(破骨細胞)やそれを作り出す細胞(骨芽細胞)をも持っている。骨膜と呼ばれる薄膜が全ての骨の外側を包み、この内に多くの骨芽細胞が含まれている。これは幼年期には骨の成長に寄与し、その後は骨の新生を行う。骨膜は死後消滅するが、伝染病や怪我に反応した活動的証拠が多くの病的な骨に見出し得る。胎児や幼児の骨格は遺伝的構成に従って成長する。 一部の病理学者等は、例えば脆い骨の病気や、先天的な腰骨の不具は遺伝的な病気と見なしている。その様な家族関係は、骨格から時に見分けることが出来る。

 古病理学者は、家族に一致する多数の‘非計測な特質’(骨の大きさや形状、神経の位置等に生ずる害のない変異)にも注目している。例えば、ロンドン塔の女王達と呼ばれる頭蓋骨に見出される特殊な“ミミズのような”骨は、彼女達が密接な血縁関係にあったことを示している。 環境的な要因は、子供の正常な成長に影響を及ぼす。よくある影響の一つとして、病気や不十分な食糧事情による骨の成長の遅れや停止がある。長骨の成長する先端に形成される発育が不十分な骨の線は“ハリス線”と呼ばれ、X線で見ることが出来る。

 成人の骨は絶えずそれ自身、再生と回復が成されている。骨折は過去の人骨に屡見受けられる。中には完全に治っているものもあるし、死の少し前に骨折し治癒の痕跡の無いものもある。副え木は一般的には見なれなかった様で、強力な腕の力によって折られたり、捻じ曲げられ破壊された手足の骨を多く見受ける。ぞっとする様な頭の怪我も治っている

こともある。                                                                          

 ある古代エジプト人の頭蓋は砕かれていた−矛の様な重い武器の殴打によってと思われる−が、傷はよく治癒しており、その人物は老年まで生きていた。

 圧迫を除去したり、或いは多分呪術的な意味合いで行われた頭蓋に穴を開ける頭蓋穿孔は、考古学や民族学でよく知られているがその回復率は驚異的なものがある;一つの頭蓋に最も数多い例として知られている穿孔は7ケ所と言うのがあるが、それらは全て完治していた。一方、医学的、歯科的な処置が未発達な社会では、例えば歯槽膿漏のような見たところは些細な原因から、重病や死に至っている事がある。古代エジプト人の歯の健康状態は酷いもので、何人ものファラオが非常な痛みを伴う、時には死を早めたと思われる歯槽膿漏を患っていた。

 病気の傾向は時代と共に変化する。ある特定の集団を研究する場合、それが一つの洞窟や墓地、或いはある地域全体又は国全体から出土したものであれ、疾病や死亡率の傾向に注目することは有益なことである。どうやって、又何歳で人々は死んだのだろうか、又病気の傾向には死者の社会的地位や職業に結びつく違いがあるのだろうか?

 例えば、昔の船乗りたちは新鮮な野菜や果物の不足から生ずるビタミンCの不足による壊血病を煩ったり、それによって死亡することがよくあった。又私たちは研究対象の集団がより大きな住民集団を代表するものであったのか、或いは遺伝的変異が認められる孤立的な社会集団の様に、何らかの意味で特有なものであったのか、という事も考慮しなければならない。古病理学によると、昔の人達は非常に病気に罹りやすかったらしいが、その事からも病気は人類史の重要な構成要素となっている。

 考古学の研究によって、古代人骨の資料や、時にはミイラ化した柔らかい細胞組織が発掘されているが、そのお陰で病気の本質や発生、及びその流行の跡を辿る事が出来る。

 こうやって知り得た全体像により、病気に冒され栄養状態も悪かった昔の人間社会に、より一層感銘を覚える。

 

 

 

拡がるトリポネ-マ症

梅毒、インド痘、風土性梅毒そしてピンタ(トリポネ-マ症)はほぼ気候と関連する拡がりで出現

している。上図の進化樹はある特定の環境状況の元で多趣多様な形態に発展、適応した

  ことを示唆している。

  トレポネ-マ症により前頭部に広範囲の炎症が見られる頭蓋。メキシコ、フェバ・デ・センデラリア出土、

   前コロンビア期

  ロンドン出土の中世の女性の頭蓋、梅毒末期の骨の溶解が見られる。

 

参考

トレポネ-マ    

スピロヘ-タ目スピロヘ-タ科に属す細菌の内、大きさ5~20μ0.1~0.4μmで規則正しい細かい螺旋を持ち、1~数本の線維からなる軸糸を持つものをトレポネ-マ属とよぶ。カタラ-ゼ陰性、オキシタ-ゼ陰性、嫌気性で炭水化物やアミノ酸の醗酵によりエネルギ-を獲得する。ヒト、動物の口腔内、消化管、生殖器に見出され、ある物は病原性を示す。グラム陰性であるが、通常の方法では染色困難なものは、梅毒トレポネ-マ、フランベジアトレポネ-マ。ピンタ等がある。

○梅毒

梅毒トレポネ-マの感染によって起こる慢性特異炎症性疾患である。トレポネ-マは皮膚、粘膜の

小さい創傷部位より入り、やがて全身に散布され、梅毒特有の経過をとる。病期は通常

3期にわけられる。感染後3年以上経過したものは、皮膚粘膜のみならず内臓・心血管

系・骨・中枢神経性など全身の諸器官が侵される。

フランベジア

トリポネ-マ・ペルテヌエの感染によっておこる熱帯地方に見られる疾病で、皮膚症状を主徴とし、発熱その他の全身症状を伴う。症状は梅毒に似るが、内臓や神経系が侵されることはまれである。

熱帯性皮膚病〜熱帯性潰瘍

皮膚ジフテリア、梅毒及びフランベジア、ピンタの病原トレポネ-マ等風土性がある。

 

考古学の病気

先天的・後天的疾病

小人症、巨大症

ダウン症候群

水頭症

二分脊椎

口蓋裂

先天性脱臼(例えば股関節)

骨の増殖または欠損

先天性貧血(X線写真に頭蓋に髪が直立して写っている)

外傷と外科的処置

骨折

切傷と刺された外傷(多分剣や矢によって)

頭蓋開口術

切断

骨のゆっくりした変形(例えば頭蓋の偏平やてん足のような)

伝染病

ハンセン病(小さな骨の喪失)

トレポネ-マ症(例えば梅毒、インド痘;骨の破壊や新生)

結核(伝染性関節炎)

ポリオ(麻痺した手足での制限された骨の成長)

骨膜炎/骨髄炎(感染への反動−荒れた不規則な骨の部分に生ずる破壊と再生)

ビタミン欠乏症

くる病(小児)/骨軟化症(成人)(軽く壊れ易い骨、湾曲し骨折した長骨)

壊血病(骨の表面下での石灰化した出血)

鉄欠乏性貧血(X線写真では毛が直立していた跡、眼窩でのふるい目の様な跡)

非伝染性の病気

骨関節炎

リュウマチ性関節炎

痛風

歯の病気

虫歯(腐った歯)

歯根膜炎の病気(歯ぐきの感染症、屡歯を支える骨や歯の喪失による)

歯槽膿漏

埋伏歯(通常親知らず)

新組織形成−腫瘍

骨その他の組織の悪性腫瘍(例えば骨髄、軟骨組織など)

良性腫瘍やのう腫(骨や骨の空腔の種の大きさや形の増殖物)

初期悪性腫瘍(骨格に見られる小型で不規則な孔)からの二次転移

 

軟部組織;マンチェスタのミイラ研究

 ミイラ化された組織は骨格のみよりも情報に富んでいる。英国マンチェスタの研究チ-ムはX線写真、電子顕微鏡等の技術を用い、集したエジプトミイラの指紋、乾燥した組織の再湿化や顔の復元の作業をしている。

ネフトアンフの顎の骨は歯の摩耗を示している。かなり粗末なパンによるものと思われる。

重度の虫歯は珍しい。

アムンの女性歌手アスルの指紋、この女性は40代前半に死亡し日常の仕事は殆どしていな      

かった事を示している。しかし指の関節はリュウマチに侵されており(X線写真C)、腸には

寄生虫がいる(電子顕微鏡写真D)。

1770号と言うミイラの布を解いてみると、被葬者は10代の少女で、生前に多分ワニにより足の下半分を噛み取られていたが、死体に防腐処置が施された時に義足が取り付けられた。                                   

グラフトンレジス;修道院の社会

 14世紀のグラフトンレジス修道院の埋葬地では、ほぼ同時期の30才から50才の14体の人骨が発見された。大部分が関節炎を患っており、その結果、骨の象牙質化や関節の癒着が認められる。又半数以上の人骨に多数の骨折が見られる。文献資料によると、この時期の修道士は肉体労働はしていないとされているが、これらの人骨は足や脊椎に骨折が生じる様な重労働に従事していた事を示している。古代エジプト人に比較すると歯の摩耗は少ないが、一般的な中世人に比べると虫歯の割合は高い。

 

右図  グラフトンレジス修道院の修道士に認められた疾患の割合。ノ-ザンプトンシャ、英国。

耳道管の感染症:感染症による耳道管の摩耗と溶解。〜7%

シュモ-ル結節:柱への負担から生じる椎間板圧迫に伴う脊椎表面の溶解。 14

骨関節炎:脊柱に顕著に認められる関節表面の溶解及びリッピング(関節炎時の骨性増殖 

   物)。〜93

癒着:関節又は骨折部分の融合。 38

ペルセ病:股関節の歪曲による大腿骨短部の異常。〜7

骨膜炎:主に長骨の感染症によっておきる。 7

ボタン状骨腫:良性の骨腫瘍、頭蓋にボタン状に現れる。 7

穿孔性の過骨症:食物の欠乏症により、頭蓋の穹窿部に穿孔が出来たり、海綿状の組

織が付着する。 7

虫歯 ~13 腫瘍(歯根の大きな穴は腫瘍の跡である)~13 歯の欠損~25

10 歯根膜の疾患(歯肉の感染症がはを支える顎骨に影響している)。〜93

11 脊椎側湾症:脊椎の奇形又は衰弱による脊柱の湾曲。 14

12 骨折:仮骨の成長による長骨の転移。 71

13 象牙質化:軟骨が欠損すると骨が直接接触する事によって、骨表面が磨かれてしま

    。〜29

参考

  人類誕生以来、人類の疾病との闘いは病原微生物との闘いであった。疾病の歴史を見ると其々の時代に、其々特有の感染症が流行していたことがわかる。13世紀は癩、14世紀はペスト、15~16世紀は梅毒、17~18世紀は天然痘と発疹チフス、19世紀はコレラと結核、20世紀はインフルエンザと言うように、人類を苦しめた疾病の歴史は感染症の歴史であった。

  世界の人口推移    現在の人類は300万年以前にアフリカに棲息した猿人のラマピテクスがホモハビリスに進化したものと考えられおり、その数は125,000位であったと言われる。Huxleyは紀元前5500年以前の採取時代の地球上の人口は200~1,000万位と推計している。紀元前後では約25千万、1650年頃約5億、1950年約25億、1960年約30億、1975年約40億、200060億近くなると予想される。

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