平成15年度　後期「日本考古学研究�T」レポ−ト

東南アジアの鉄器文化

　　　　　　　　　　　　〜各地域の初期鉄器文化の様相〜　　　　　　 2004/03/22

           　　　　　　　　　　　　　Ｃ030505  倉本　卿介

はじめに

　発掘を通して東南アジアでの鉄器の初現は、１９７０年代まではタイ東北部コンケン県

にある埋葬遺跡ノンノクタ遺跡や、同時代とされるウドンタニ県のバンチェン遺跡出土か

ら、紀元前２０００年紀中ごろとされていたが、１９８０年代に入り新しい遺跡の発掘に

よりその時期が訂正される事になる。バンチェン遺跡の近くの埋葬遺跡、バンナディ遺跡

の紀元前６５０年〜紀元前４２０年の範囲とか、ノンチャイ遺跡の紀元前３００年〜紀元

２００年、又バンチェンヒアン遺跡では紀元前６００年〜紀元前３００年頃の層からの出

土と、それぞれ14Ｃ年代による測定値は示していると言う [文献０４] 。

一方、ベトナム北部での鉄器は、狭義のドンソン文化期にあたる紀元前４世紀頃 [文献０２]・

紀元前３世紀[文献０１]に見出せる。（東南アジアでは紀元前５世紀[文献０２]・[文献０３]・[文献０７]と言

う説もある）。この地域は中国の雲南や嶺南の文化の影響を強く受けており時期的にも納得出

来る。それはこの時期、雲南には滇（てん）王国がありその王墓・石寨山遺跡での出土品

より推測し得る[文献０５]・[文献１２] ・[文献１７]。　然るに先のタイ東北部の文化もベトナム北部の

文化も雲南や嶺南の文化と共通する所が多いと言う [文献０４]。タイ東北部のバンナディ

遺跡・バンチェンヒアン遺跡の上限が紀元前７世紀と言う時期はどうにも納得し難い。

インド・ガンジス河流域の鉄器は、その中流域アトランジ−ケラ−遺跡から紀元前一千年紀

前葉の段階で見出せると言う。 [文献０１] 　この文化が伝播したのだろうか？

または、タイ東北部のバンナディ遺跡等の“鉄器”は独自に発生した文化なのだろうか？　

そこで本レポ−トでは各地域の初期鉄器文化の時期とその様相について考察したい。

本論に入る前に些か冗長になるが、東南アジアとは如何なる地域か？初期鉄器文化に至る

各地の先行する文化は？その接する東南アジア外域の文化は？等々についての概略の知識

をまず持っておきたい。

 

１、東南アジアとは

１)　地　域

「東南アジア」と言うその地理的概念は永らく一般化されておらず、その地域の文化も

西はインド世界の、又東は中国世界の延長ぐらいとしか認識されていなかった様である。

しかし、ここ半世紀において「東南アジア」としての概念は徐々に確立されていき、特に

１９９９年のカンボジアの加盟によるＡＳＥＡＮ　１０の成立によって、政治的に完全に

確立されたと言える。それはタイ以外の国は全て、第２次世界大戦後に独立国家として

出発した合計１０カ国から構成される新しい国家群であり、国名で言うとアジア大陸部に

１

あるミャンマ−・タイ・ラオス・カンボジア・ベトナム、島嶼部にあるマレ−シア・シン

ガポ−ル・インドネシア・ブルネイそれにフィリピンの諸国の領域から成るエリアである。

「東南アジア」としての概念が定着しなかった最大の理由は、他の文明世界は基本的に其々

の文明として統合され理解されているのに対し、東南アジアは文明的にあまりにも多様性

に富んでいたからと言える。例えば宗教面では、イスラム教優位のインドネシア・マレ−

シア・ブルネイ、上座部仏教優位のミャンマ−・タイ・ラオス・カンボジア、中国仏教優

位のベトナム、キリスト教優位のフィリピンなど、殆どの世界宗教がこの地域に集中して

いて、其々の宗教はその文明の価値観と風俗を付随させて、東南アジアへの理解を複雑な

ものにしていた。[注０２]大陸部東南アジアの北部は、ミャンマ−・ラオス・ベトナムの山地

で中国の雲南省、ベトナムの平野部や海岸部で広西壮族自治省に接し東アジアとの境界を

なし、東南アジア西部のミャンマ−は、パトカイ山脈・ナーガ丘陵・アラカン山脈越しに

南アジアのインド・ガンジス河流域に連なり、ベンガル湾・インド洋を介してインド東部

海岸に対面する。東南アジアを構成する大陸部や島嶼部の地域文化は、地形のみならず、

当然の事ながらその気候等の自然環境の影響を強く受けて成立しているだろう。

「東南アジアの初期鉄器の時代」にも其々の地域に、それら地理的条件による多様な文化

が存在していたものと思われる。

　　　

　　　　　　　　　東南アジア地図　[文献０２]　より　　

 

２）地形・気候

　東南アジアはミャンマ−の一部を除くほとんどの地域が、赤道をはさみ北緯２３度３０

分の北回帰線の南、又南緯１０度の北に位置し、平均気温が２５℃以上と言う、ケッペン

気候分類で言う熱帯（最寒月の平均気温が１８℃以上の地域）にあたる。

2

世界の熱帯周辺のほとんどが乾燥気候であるのに対し、東南アジアの最寡雨地帯である

ミャンマ−中北部のチャウセ−平原でさえ、年間降水量は西ヨ−ロッパ各都市の雨量に等

しい800ミリ前後、最多雨地帯のミャンマ−南部のアラカン沿岸にいたっては4,500ミリ

もあり、湿潤熱帯が東南アジアの自然環境の最も大きな特徴である。

インドネシアの東部海辺からミャンマ−北部の山中に至るまで、湿潤熱帯または亜熱帯と

言う自然環境の共通性がある。そしてそこに住む人々がその自然環境に適応して作り上げ

た文化が、「東南アジア」と言う共通の色彩をもつ地域を形成していくことになる。

 

ａ）地　形

　東南アジアの陸地は大きく四段階で成立していると言う。[文献０２]

第一段階は、ユ−ラシア大陸の陸塊の一部である古生代以来の古い地塊で、中部ベトナム

のタイグエン高地、東北タイのコラ−ト平原、カンボジア平原などがある。

この地塊はさらに発展して、中生代に北タイ高原、ミャンマ−のカチン高原、マレ−半島、

スマトラ東海岸、ボルネオ島南部の骨格部を作りあげた。この盛り上がりは南方にスンダ

陸棚と言われる準平原を形成し、後に海水位の上昇により沈水して、タイ湾、マラッカ海

峡、ジャワ島が生まれた。（紀元前７０００年紀頃か？[文献１０]）

第二段階は、新生代第三紀、４０００万年前に起こったインド亜大陸の地塊とユ−ラシア

大陸の地塊との衝突が、現在のインドシナ半島を大きく東南方、熱帯の海の中に押し出し、

ボルネオ島を南に移動させた。インドシナ半島に雲南山地を要軸とする放射状の亀裂が

東南方向に走り、紅河、メコン河、サルウィン河、イラワディ河などの大河川を生んだ。

第三段階は、北進するインド洋プレ−トがスンダ陸地プレ−トの下に潜り込む時に、火山

列を生み出しこれがスマトラ、ジャワ、フロ−レス、アンボンなどインドネシアの内島弧

群を作る。内島弧はスラウェシ島から北上し、フィリピン諸島を持ち上げる。その南側に

オ−ストラリア地塊に接していた弧島群が北上して非火山からなるインドネシア外島弧を

形成する。

第四段階は、第四紀に大陸部河川の下流部の三角形の広がりに大河が運ぶ沖積土壌がたま

りデルタが形成され、島嶼部沿岸では沈水したスンダ陸棚上の浅い海域に、森林の遺物で

ある泥炭が堆積して泥炭低湿地が生まれた。

 

地形と言う点から見ると、大陸部は山地部、平原部、デルタ部に大別される。

山地部はヒマラヤ山脈と雲貴高原、その間を南北に走る山脈や、大陸部の西側の境界線に

なっているパトカイ山脈・ナ−ガ丘陵・アラカン山脈であり、平原部はイラワディ河、

チャオプラヤ−河、メコン河それに紅河流域の平原である。デルタ部は、イラワディ河、

チャオプラヤ−河、メコン河それに紅河の河口に発達している。

島嶼部は大きく高地部と低地部にわかれる。高地部は大小スンダ列島、フィリピン群島を

3

貫く山脈、カリマンタン、スラウェシなどの島々の中央に聳える山岳地帯、及びその裾野

に発達した高原地帯で、低地部は海岸近くの平野とそれに続く海抜ゼロメ−トルの地帯で

ある。低地部は特にスマトラ東海岸、カリマンタンに拡がっている。島嶼部には大きな河

がなく、デルタは発達していない。島嶼部の島々に囲まれた海、つまりアンダマン海、

南シナ海、ジャワ海、スル海、セレベス海、バンダ海などは概ね水深が浅く、水温が高い。

 

ｂ）気　候

　東南アジアの雨の降り方は多様である。地球上の太陽エネルギ−の集中度を見る冷熱源

分布によると、夏季にはインド東部のアッサムから大陸部東南アジアの平原、デルタに

最高の熱源域があり、これがインド洋上に発生した高気圧に始源する多量の水分を含んだ

風を呼び込み、大陸部東南アジアに潤沢な雨をもたらす。これが南西モンス−ンである。

一方冬季にはオ−ストラリア大陸東方に高い熱源域が発生する。この熱源域にアジア大陸
の冷気が吸い込まれる。これが北東（北西）モンス−ンである。一年を通じて、地球の最

も高い熱源域が東南アジアの西と東に存在し続けることが、東南アジアだけが特異な熱帯

湿潤気候にある主要な理由であり、二つの熱源域を往復するモンス−ン循環が、その中間
通年湿潤熱帯を形成し、二つの熱源の東西に乾雨の季節差のある熱帯サヴァンナを作る。

東南アジアのこのモンス−ン循環、即ち「季節風循環」は、季節によりその風向と風速が

ほぼ一定しており、古くから航海に利用されてきた。そのためこの風は「貿易風」とも呼

ばれる。又先に述べた島嶼部の島々に囲まれた海域では、台風の発生もなく波が極めて

穏やかで、簡単な船でも長い距離の航海を容易にし、古くから海を通じての人々の移動、

文化の伝播が盛んに行なわれていたと思われる。[文献０２]・[文献０３]

 

３）環境と土壌

ａ）環　境

これらの地形・気候により東南アジアの環境は次の七つに分類されると言う。[文献０２]

➀　熱帯雨林　　フィリピン諸島からボルネオ、スラウェシの北半、ジャワ西部、スマトラにかけての

島嶼部、アラカン地域沿岸、マレ−半島西岸などは一年を通じて年間２０００ミリから４０００ミリに

いたる多大な降雨があり、常時２５度℃を上回る高温と相まって、この地帯を熱帯雨林と言う。

熱帯無風帯と呼ばれる、季節風のはっきりしない、又台風の影響も殆ど無い地域も含む。

�A　熱帯高地　　熱帯雨林の中で、ドンソン期の大墓地であったパスマ（南スマトラ州）、１４世紀以

　降王国を建設したミナンカバウ（西スマトラ州）、などスマトラ脊梁山脈の中の盆地群は、１５００m

　の高度をもち、湿度は高いが冷涼な気候をもち、早くから人の居住を許し、集約的な盆地稲作が

　行われていたと思われる。フィリピン、ルソン島のバギオ高原（海抜１５００ｍ）も該当する。

�B　沿岸低地　　熱帯雨林帯の多くは島嶼部に位置しているために、周囲を海に囲まれている。

　熱帯雨林の沿岸はマレ-半島の西海岸、スマトラの西海岸、西ジャワの北海岸、アチェから北スマ

４

トラに砂丘がある以外は、多く内陸大河の運び出す森林残骸が分解せずに堆積した泥炭林と、

マングロ−ブ林が出来る。農業的には不適な地が多いが、沿岸砂丘地帯と共に、漁業、海運の

基地となる。

�C　サヴァンナ平原　　北東モンス−ンは大陸の中央、モンゴル平原の高気圧に始源し、大陸上を

通過して大陸東南アジアを通過するために、本来的には乾いた風である。従って大陸東南アジ

アでは南シナ海経由の風を受けるベトナム沿岸を除いて、冬季には強い乾季があり、雨季に茂

り乾季に落葉する雨林帯が多い。ミャンマ−平原は本来湿潤な南西モンス−ンが南西のアラカ

ン山脈で水を下ろし、乾いた風を内陸平原に送るために、東南アジアでは最も乾燥した地域を

作る。ミャンマ−平原の雨季は二季に分かれるが、マンダレ−では年降水量８４２ミリのうち２７１

ミリは５、６月に、３０４ミリは８，９，１０月に降る。永年性植物には過酷なこの条件は人間の開拓に

は容易で、かなり早い段階に平原畑作が進んでいる。又、平原全体が降水量の多いアラカン

山地、カチン高地、シャン高原に囲繞されていることは有利である。山地からの流水を利用した

堰灌漑により、河谷では小規模な灌漑水田が発達している。タイ湾からの風が吹き込む東北タイ

のコラ−ト平原、南シナ海の風が入るカンボジア平原では、同じく殆どの水量が雨季に集中し、

乾季の１１月から３月までは殆ど降雨がないが、年間降水量が１４００ミリ以上あり、雨緑林の森

が形成される。この夏季の長期の降水を利用した天水稲作が広がっている。

�D　デルタ　　イラワディ、チャオプラヤ−、メコンデルタの東南アジアの三大デルタは、いずれも

サヴァンナ気候帯にある。最も乾燥したチャオプラヤ−デルタのバンコックでは、年間降水量は

１,４１８ミリと東北タイの平原と殆ど変わらない。又乾季には殆ど雨がないことも共通している。

しかし、雨季には大量の降雨が河川に集約されて洪水を引き起こし全面湛水してアプロ−チが

困難だった。開拓は平原に比べてかえって遅れ、浮稲の導入まで夏季沼地のまま捨て置かれ

た。現在のほぼ全面が水田に覆われる環境になったのは、１９世紀以後のことである。

�E　島嶼部サヴァンナ　　中部ジャワ以東の島嶼部では、オ−ストラリア気候区の影響を受けて乾

季と雨季の差が激しい。例えばスラウェシ島南部のウジュンパンダンでは、最多の１月には６４２

ミリの降雨量があるが、最少の９月にはわずか９ミリしかない。但し、年総降水量が２,８２５ミリあり、

乾季でも大陸平原と違って乾いた感じはない。又、火山島であるために、火山の貯水能力が高

く、乾季でも流水があり土壌水分は豊富である。又、火山の爆発により、常時土壌が更新され

る。東南アジアでは最良の農業環境を用意している。古くから東ジャワ盆地群を中心に稲作が

発達し、また蔗糖などの国際商品作物の適地である。

�F　照葉樹林　　大陸部東南アジア山地は、同様に乾季と雨季の差が激しいが、北回帰線に近く、

又高度があるために冬の温度が低く、蒸散が抑えられ、常時８０％近い湿度があるために、

サヴァンナ草地を作らず、カシやシイのような照葉樹林が茂り、深い森を作る。

東南アジアの基層文化である照葉樹林の生活文化はこの地域で生まれた。

 

 

５

ｂ）　土　壌

　土壌は地形と密接な関係がある。火山島地帯では肥沃な黒色土壌が堆積するが、平原

では熱帯の灼熱の太陽と多量の雨のために土壌中の養分が流されて、鉄とアルミナだけ

が残った貧栄養のラテライト化が進み、極めて土壌の肥沃度が低い。山地は両者の中間

である。沖積土層の堆積するデルタは、洪水と乾燥のため、制御が難しい。強酸性土壌

と泥炭の卓越した島嶼部低湿地は、農業に向かない。この様な生態的条件のために・・・・・

古くから人々が生活してきたのは山地部と平原部、そして島嶼高地部であった。

そして“鉄”の痕跡は、その様な場所に見出せる

　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　東南アジア主要遺跡地図　[文献０４]　より

２、東南アジア初期金属器時代以前の文化様相

　東南アジアの地が初期金属器時代を迎える迄の経過を、文化面から概観しておこう。

東南アジアの最古とされる人類の痕跡は、ジャワにおいて約１９０万年前に見出されると

言う。それら原人は１００万年から５０万年前のジャワに多く存在していたようだ。

新人はマレ−シアのニア洞窟から４万年以上前の頭蓋骨が見つかっている。さて・・今や、

東南アジア各国の考古学への関心は高まっているが、中でも南北統一後のベトナム考古学

の進展には目を見張らせるものがある。東南アジアを考える上で大いに指標となり得ると

思うので、このレポ−トでは一応ベトナムを核にして考察を進めて行きたいと思う。

６

しかし、注意しなくてはならない事は、チャン・クォック・ヴォンが述べているように、

ベトナム考古学研究の任務が、マルクス・レ−ニン主義のもと、全党・全人民の社会主義

革命事業、特に文化革命と思想革命に貢献するにある、としている事である [文献０７] 。

それらを考慮しながらも、あえてベトナム考古学の成果を参考にして進めて行きたい。

今では多少古い見解かとも思うが、1987年にファム・フィ・トンはベトナム考古学の時代

区分を、以下の様に述べている [文献１６] 。それを要約すると、考古学上対象とする時代を

１９世紀中頃までとしながら、六つの段階に区分する事が出来るとする。「第一の段階は

ホモ・エレクトスの時代、それよりもド山の時代と呼ぶ方が事実に即しているとしている。

これは前期旧石器の時代に相当する。疑問を抱く研究者がいるが、今日のベトナム国内に

古人類が存在した事は、ヴォン人の歯の発見によって肯定される。これはジャワや北京で

発見された直立原人の形状と年代を有している。またホアンリエン省のフム洞窟から発見

された歯は、その堆積層の8万年前と言う年代から見て、フム洞窟人は欧州や西アジアに

おけるネアンデルタ−ル人と同時代であるとしている。第2の段階はホアビン文化が中心

的存在で、原始農業が発生した段階であり、例えそうでなくとも人類が発生した段階に続

くものである。現在までに知られた情報に基づくと、この段階はミエンホ文化によって始

まる。この文化は最初バックタイ省のミエンホとナクで発見され、現在では同省のグォム

岩陰遺跡の最下層からも発見されている。ミエンホ文化の石器はかっては、インドの

Ｎｅｖａｓａの中期石器文化に並行する年代を有すると考えられていた。しかし、ソンヴ

ィ文化の前には、ミエンホ文化よりも古い中期石器文化の始まりとなる文化があるのでは

ないか？現在ではこの文化の年代は恐らく、考えられていたほど古くはないだろうと見ら

れている。しかし、ミエンホ文化は未だ更に古い文化が判明していないために、この段階

の最早期に比定されているだけで、農業の兆候或いは発生が認められるホアビン・バクソ

ン文化に至る一連の長い文化伝統の最早期に位置づけられているだけである。

この段階の終末の指標となる出来事は、刃部磨製石斧の出現である。この石斧は「バクソ

ン斧」と呼ばれる。同じ時期すなわち今から7000年前にホアビン文化の終末段階にも出現

するのが以前から知られている。第3の考古学上の段階は、農業技術が初歩的な発展を

する段階で、石器磨製技法の発達、つまり刃部磨製石斧の研磨される部分が次第に広がり、

終には完全磨製になる過程が見られるのがこの段階である。この段階を新石器時代と言い、

バクソン文化あるいはバクソン文化に直接後続するタインホア省のタブット文化の出現と共に
始まると考えられている。この段階は各地域の新石器時代の諸文化が、初期金属器時代

の遺跡に置き換わる事で終焉する。ドンソン文化は金属器時代すなわち銅、それから

鉄の時代と認められ、ベトナムの考古学者はこの広義のドンソン文化に四つの文化期が

あることを確認している。それはフングェン文化、ドンダウ文化、ゴ−ムン文化、それか

ら狭義のドンソン文化である。フングェン文化はその後さらに、詳細な比較研究が進めら

れているが、最後の文化期の研究は未だ進んでいない。

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この文化期において、一定期間をおいて鉄が出現し、それはゾン伝説に反映されている。

その他の文化発展段階と異なり、ドンソン文化は変化発展してその後別の文化に生まれ変

わったり、別の文化と替わったりはしない。ドンソン文化は壊滅させられてしまったので

ある。紀元前３世紀まで続く雄王時代の展開は、即ちドンソン文化の展開である。その後

の３世紀も、大きな政治的変化があり、本拠地を異にする政権が取って替わり、さらに

その後外部の政権の統治があって、チュン姉妹の時代に到るわけだが、基本的にはこの間

を通じてドンソン文化が展開していた。サーフィン文化やゾックチュア文化のような地域

文化は、年代的にはドンソン文化と並行し、文化水準も同等の高さを有しており、注目す

べきである。・・・・」と言う。

以後の時代区分は、“初期鉄器文化”を考察する上で関係ないと思うので省略する。

ベトナムの歴史の概略は以上の記述と大きく変わっていないと思うが、その後もベトナム

における考古学研究は絶え間なく進んでいる。

 

さて、人類を文化面から語る事が出来るのは、２〜３万年前以後の後期旧石器時代からで、

この時代になると大陸部でも島嶼部でも洞窟・岩陰と言う、人間が生活したその場所での

情報を得る事が出来る様になる。

大陸部での石器文化の変遷は、ベトナム北部で最もよく辿ることが出来る。[文献０２]

最初の文化は、ヴィンフ−省のソンヴィ−村で発見された後期旧石器時代末期のソンヴィ

−文化で、タンフォア省コンモォン洞窟の下層から順にソンヴィ−文化、ホアビン文化、

バクソン文化の重なりが確認された。洞窟遺跡の他に開地遺跡も紅河、ダ−川等の流域の

丘陵地帯で多く発見されている。時期は１万８０００年前〜１万年前[文献０４]・ [文献０９]

（２万〜１万２０００年前との説もある[文献０２]）とされる。石器は両面に元の石の面を残

しながら、全て打製技術による縦長や横長の刃を付けた礫器を特徴とする。磨製石器は無

い。出土遺物より推定するとソンヴィ−文化人は、狩猟・採集生活をしていたようだ。

次のホアビン文化は、ホアビン省の洞窟、岩陰遺跡群から名付けられた文化で、殆どが

石灰岩山地帯にある洞窟・岩陰遺跡である事から“洞窟文化”とも言われる。

１万１０００年〜７５００年前[文献０２]・ [文献０９]（９４００年前〜５７００年前[文献０４]、１万

年前〜５０００年前の説もある[文献０３]）の中期石器時代とされ、ベトナムの他カンボジア、

タイ、ミャンマ−の大陸部東南アジア全域から、マレ−半島、インドネシアのスマトラ島

を含む熱帯季節風気候帯の地域にまで広く分布している。しかし、それより南の島嶼部、

つまり湿潤気候帯では発見されていない。この事からホアビン文化は根栽農耕文化を作り

出した人々の文化であったと言われる。[文献０３]　　　　そのため彼らが必要とした利器である

石器は、殆どが礫器からなる多くは旧石器時代以来の礫の一端や周辺を打ち欠いて刃を付

けたチョッパ−やチョッピングトゥ−ル、分厚い卵型の礫器などであるが、典型的な石器

にはスマトラリスと言う名の片面のみ加工して剥離を施し、もう一方の面は原礫面を残し

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たアーモンド形や円盤形、三角形をした石器（石斧）のほか、ショ−トアックスという

卵形をした礫を横に切断した石器がある。また少数ではあるが刃部磨製石斧も多くの遺跡

から出土している。土器があった確実な例はない。[文献０４]　

バクソン文化はホアビン文化が発展したもので、前期新石器時代を代表するハノイ北部の

ランソン省バクソン山地の洞窟、岩陰に多く見られる文化で、礫器もあるが主体の石器は

バクソン文化を代表する刃部磨製の石斧であるが、依然としてホアビン型の大型粗製石器

が存在している。又、細長い小さな川原石に溝を掘り込んだ溝石（考古学者はこれをバク

ソニアンマ−クと呼んでいる）がある。これは小形石器を磨くためか、竹製品、骨器を削

ったりする小さな砥石と思われる。

土器が伴っているかどうか現時点では定かでないと言う[文献０２]・[文献０４]。

しかし、ハ・ヴァン・タンによればバクソン洞窟で、籠目痕のある土器片、又製作に籠枠

を使用せず、斜線文、波状文、櫛歯文の他に簡単な文様を施したもの、文様を施すための

叩き板の使用も認められ、バクソン文化の形態は広口縁で丸底であるが、出土した土器片の

数は極めて少なく、バクソン文化段階での土器製作はまだ発達していなかったと言う。

その時期はおよそ1万年前から８０００年前としている。[文献０７]（８３００年前〜７９００年前[文献０４]）

次の後期新石器時代への過渡期にあたるダブット文化期に初めて土器が出現する。[文献０２]・

[文献０４]　ダブット遺跡はベトナム北部タインホア省の海岸開地に有るシジミなどの淡水の

貝からなる大きな貝塚遺跡で、出土石器の大部分は磨製石斧で、砥石も多数出土している。

ここで出土した磨製石斧の多くは、刃部を磨き、礫を調整して作ったバクソン斧であるが、

両面を磨いた全磨製の石斧もある。石斧には打割痕による窪みがあり、後期新石器時代の

磨製石斧ではなく、しかもバクソン文化の刃部磨製石斧や後に述べるクィンヴァン文化の

打製石斧とも違っている。土器は丸底の単純な深鉢形と考えられ、拍打法で作られた厚手

軟質で模様もない原始的な外観である。拍打法は以後の東南アジアにおける土器製作技法

の伝統となり現在に至っている。この叩き技法で作られた土器の技術は中国から南下した

ものであろうと言われる。時期は14Ｃ年代で紀元前４０００年頃前と測定されている。

[文献０２] ・[文献０４]・ [文献０７]。ゲティン省の海岸地域クィンヴァン遺跡は、14Ｃ年代で紀元前

２７００年〜２８００年頃と測定されている[文献０２]・[文献０４]・ [文献０７]、海の貝からなる大き

な貝塚遺跡で、大きく打割した各種の石器を主体とし磨製の石器は全く無いと言う[文献０４]・

 [文献０７]。（少量の全磨製石斧を伴っていると言う報告もある[文献０２]）

タブット文化と石器の系統が繋がらないのでクィンヴァン文化と呼ばれ、粗雑な尖底の

土器が伴う[文献０２] ・[文献０７]。（丸底と言う報告もある[文献０４]）

ハ・ヴァン・タンによればクィンヴァン文化はバクソン文化に続く前期新石器時代の文化であり、
タブット文化に先行するとしている。[文献０７]。4700年前と出ている14C年代は、

再調査の必要も有ると述べているが、それはダブット文化の14C年代を6000年前として

いるからであろうか。石器技術や石器形態がバクソン文化と異なり、又打製技術だけで

９

磨製技術がないにも関わらず、ダブット文化に先行する理由として、クィンヴァン人が

かなり進歩した土器作りを知っていたからと言う。そしてダブット文化をクィンヴァン文

化に継続する、より進歩した段階の後期新石器時代へ移行する以前の段階と位置付けて

いるが、私は石器や土器の有り方から、クィンヴァン文化をダブット文化に後続する文化

と考える。クィンヴァン文化の石器には、バクソン文化やダブット文化の諸遺跡から出土

した石杵と同様な石杵や石皿、またかなり大きな石皿もあり、初期農業の発生を示唆する。

以上の諸文化は礫器を主体とした一連の系統的文化とも考えられるが、遺跡の分布から

疑問も残る。それはホアビン文化が東南アジア大陸部からスマトラ島にわたる広い範囲で

発見されているのに、バクソン文化はベトナム北部でしか発見されておらず、ダブット

文化に至ってはダブット貝塚、コンコグア遺跡など少数かつ、タインホア省以外ではこの

文化を示す遺跡が殆ど発見されていないからである。この事は同時代であっても、地域や

居住立地によって生活の形態が異なる事があることを示していると考える。

 

中国南部にも広西壮族自治区の白蓮洞遺跡下層でソンヴィ−文化類似の礫器と、使用され

た剥片類が土器や磨製石器を伴う事なく存在している事や、洞窟居住とか、河原石を打ち

欠いた石器を主とする等、ホアビン系文化と類似の状況も見られ、基本項目に多くの類似性も認

められる。さらに、広西壮族自治区桂林市甑皮岩（そうひがん）洞窟からは、１万年を遡る

古さの土器が出土しているにも関わらず、わずかしか離れていないベトナム北部では数千

年も遅れて登場する。東南アジア大陸部では、ベトナム北部におけるソンヴィ−文化→

ホアビン文化→バクソン文化→ダブット文化の変化を基本としながらも、それと並行する周囲の

地域にこの基本とは少し異なった文化が存在していたとしても可笑しくは無い。

土器の出現時期や磨製石器の普及度等から、文化の進度は北から南への傾斜が見られる。

 

インドシナ半島の中央部にあるタイの先史文化はあまり定かではない。中央部で南流する

メナム川の広大な沖積平野の縁辺には低い洪積世の丘陵が連なるが、ここに多数の新石器

及び金石併用時代の遺跡が存在するらしい。[文献１２]

東部丘陵地帯には、ムウン川、シイ川などメコン川に注ぐ諸川が東流あるいは東南流する。

この地方はコラ−ト台地と呼ばれ、石器時代の遺物が若干発見されているが、密林地帯で

考古学的には全く未開拓である。西部はダウンナ、ビイラウク・タアウンなど、標高２０

００ｍあまりの急峻な山が連なり、西北部は５００ｍから１０００ｍ内外の高原が続く。

山地の北部一帯は、気候もよく、近い将来の踏査研究も期待出来る。西南のマレ−半島

地峡部は早くから調査された地域で、イギリス人による石器発見の報告もある。

タイにおける礫器は、北部のチェンライ付近、メナム下流域のロプブリ付近、バンコック

西方約１００�qのラップウリ付近などの石灰岩洞窟遺跡から出土している。

チェンライ付近とはチェンライ西方のタンプラ洞窟を言い、ロプブリ付近とはロプブリ村

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南西１�qのタム・クラダムと呼ぶ石灰岩の洞窟、ラップウリ付近の石灰岩丘陵地の洞窟や岩陰

を言う。それらから出土した礫器は、礫器と言うのも疑わしいような石器であるが、同じ所から獣骨

や破砕された陸産の巻貝類も採集されているから、この洞窟内に住んだ人たちが残した、粗末な

利器であったと見てよい。これらを発見した人たちは皆、旧石器か旧石器的特徴を持っていると言

う。[文献１２]　中期石器時代に近いとされる、土器を伴う遺跡としてカンチャナブリ地方のウワン・パ

オ村の近くの地がある。そこの地面下３〜４ｍから出土した、赤褐色をした太い撚糸文の土器小片

はタイ国最古のものになるかも知れない。さらに広い発掘調査が望まれる。

東北タイの遺物として、バンコックの西北約１００�qの、オンチャイシ川左岸のスパン・ブリ付近から

出土したと言うものに、頁岩製の有肩石斧一、チャ−ト製の有肩石斧一、暗褐色無紋の壷形土器

、同色の臼形土器がある。これらは新石器時代終末の遺物と思われる。

西南タイの石器として、バンコックの西南約100�q、マレ−半島基部の町、ペツ・ブリ付近出土

と言う有肩石斧、また半島地峡部のスラツ・タアニに近いバン・ナ錫鉱山から、有稜石斧一、

磨製石斧一、刃部がハマグリ刃をなした板状の打製石斧一がある。半島西海岸のパンガ

からも、バン・ナ錫鉱山から発見した大型打製石斧に似た扁平ハマグリ刃の打製石斧一が

ある。以上の他、半島部発見の石器としては、マレーシアに近いトラン付近で出土した、

肩の小さい頁岩製の有肩石斧一がある。また扁平ハマグリ刃磨製石斧一と刃部が有稜の

磨製石斧三本が発見されている。この有稜磨製石斧は半島の南部からインドネシアにかけ

て分布し、新石器時代の後半から金石併用時代にわたるもので、有肩石斧とほぼ併行しな

がら、分布地域を若干異にするもののようである。[文献１２]

 

一方、島嶼部においてはホアビン系の文化を特徴づける礫器の発見例はあるが、一つの、

纏まった出土例はなく、別種の文化が拡がっていたと思われる。[文献０２]

フィリピンのパラワン島のリプ−ン岬周辺には多くの鍾乳洞があるが、１４Ｃ年代の測定値

で約３万年前から９０００年前とされるタボン洞窟遺跡がある。石器の大部分は不定形の

剥片で、使用痕のあるものは一般的に薄く平らで、上層にいくほど小型化の傾向がある。

細部加工がある剥片は１割以下にすぎず、それも決まった形態を持たない。唯一特定の形

を成す石器として「馬のひずめ形のスクレ−パ−」がある。包含層には多量のコウモリの

骨が含まれていて、これを食用とする人間が居住したと思われる。イノシシ等の大きな動
物の骨は少ない。この洞窟は旧石器時代には海から３０�qほども離れていたと推定され、実際

海の貝は１点もない。タボン遺跡の近くのグリ洞窟でも剥片石器が出土している。タボン洞窟と入れ

替わりに８０００年前から４０００年前に居住された遺跡とされ、大量の海と陸の貝及びイノシシと鹿の

骨が出土する。海進のためと思われる。石器はタボン洞窟の石器と大差ないが、細部加工のある

剥片が無加工の使用痕の剥片より一般的になっている。この地域では定型な形を持たない剥片石

器文化が、大きな変化を示さず３万年前から４０００年前頃まで続いていた様である。

ボルネオ北部のサバ州バッロン・マダイ丘陵では、２万８０００年前ころに火山の噴火で

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流れ出した溶岩が川を堰きとめ、古ティンカユ湖が形成され、その水辺に人が住み付いた。

初期の遺跡は２万８０００年前以後１万７０００年前以前のもので、ティンカユ第一〜

第三遺跡は岬、ティンカユ第五遺跡は湖上の島に立地した。石器は大きな礫器、「馬のひず
め形の石核」使用された剥片などタボン洞窟の石器と似ている。しかしタボン洞窟には見

られない、大きな両面加工石器や小さな槍形のナイフなど加工の丁寧な石器もある。

１万７０００年前頃に湖の水位が下がり、低い位置にあったハゴップビロ岩陰に人が居住

するようになった。湖の貝からなる貝塚が形成された。この時期には両面加工石器は見ら

れなくなり、礫器、剥片、石核、ドーム形のスクレ−パ−状石器、そして細長い石刃状の

剥片があり、これには植物珪酸体を含む植物を切った事によって生じた光沢がある。

１万２０００年前の少し後に、この地も放棄されマダイ洞窟群に居住地が移った。

海面上昇によって海が近づいたため、そこが生活に有利になったと説明されている。

マダイ第二洞窟遺跡は１万１０００年前以後で、７０００年前以前に居住された。

石器はハゴップビロ岩陰のものに似ているが長い石刃状のものは見られない。礫器、大き

な急角度の刃の石器、「馬のひずめ形の石核」、使用剥片が多く、刃部光沢をもつ。石皿、

ハンマ−スト−ンも多い。７０００年前以後になるとマダイ洞窟群も放棄され、さらに海

の近くへ移動したと考えられているが、移動先は分かっていない。この様にサバ地域でも

剥片を主体とする石器文化が、旧石器時代から中期石器時代まで続いたのである。

植物を切った光沢の残る剥片の存在は植物利用との関わりで興味深く、中期石器時代に

なるとさらに石皿、磨石、ハンマ−スト−ンなど植物質食料と関係すると見られる石器が

増える。湖の貝の他に海の貝が混じるようになり、タボン洞窟群の場合と同様、海面上昇

による海進が生活に影響している。[文献０２]　　

 

ベトナム以外での土器の出現については、タイのカンチャナブリ地方、ウワン・パオから、

中期石器時代に近い層から細石器の小片と共に、太い撚糸文の土器が出土していると言う。

[文献１２]　　　マレ−シアでは、半島東海岸ケランタン州のグア・チャ貝塚の、新石器時代の

文化層からは、扁平片刃石斧、有稜石斧などの磨製石器と共に多数の鉢形土器を出土して

いると言う。 [文献１２]　 西パハン州のクチル洞窟の下層部から土器片とホアビン型の打製

石器が出土している。又ケパ−貝塚ではホアビン型の礫斧、磨石と共に土器が出土した。

これらの石器はダブット貝塚から出土した石器と共通する点が多く、ダブット文化と同じ

頃だろう。カンボジアでも同様で、バッタンバン州、ラアンスペアン洞窟では、中層部よ
り上から土器が出土している。土器には縄目土器の他に、刻文や貝殻腹縁文の装飾を持つ

ものがあり、長期間にわたる遺跡らしい。土器と共にホアビン型の打製石器が出土してい

る。１４Ｃ年代によれば、土器が出現した最古の年代は前４３００年頃で、出現時期の年代

はほぼベトナムと同じ頃である。地域によって石器のあり方に差はあるものの、土器の

出現においてはいずれも前４０００年頃であった。石器は前代のバクソン文化に類似して

１２

いるので、生業の面では大差は無さそうとは言え、土器の出現は食物の調理方法の上で

大きな革新を起こし、食物での利用範囲が広がり、環境への適応範囲の拡大につながった。

[文献０４]　　インドネシアの東ジャワのケンデン・レムブでの新石器時代の住居址から方角石斧と共

に素朴な手作りの無文土器が出土している。[文献１２]

フィリピンでは、スール−諸島のバロボック岩陰遺跡から14Ｃ年代で6650±180Ｂ.Ｐ.と

される最下層から少数の土器が出土したとされ、その上層からチャ−ト製剥片石器、シャ
コ貝とシャコ貝製の貝器と共に、無文の褐色土器、赤色スリップ土器が、その上層からは

安山岩製剥片、黒曜石製剥片、チャ−ト製剥片、チョッピング・トゥ−ルと共に、無文の

褐色土器が主体で、その他に赤色スリップ土器があり、その最上層に限り格子状の叩き目

が付いた褐色土器と彩文のある土器が出土しているといわれる。またマテバス島北部の

バトゥンガン第２洞窟の、14Ｃ年代で2710±100Ｂ.Ｐ.の層から砂岩製の磨製方角石斧、

頁岩製の磨製方角石斧、チャ−ト製ナイフ等々と共に、多数の土器が出土していると言う。

[文献１６]　　また新石器時代段階の、ノバリチェス複合土器と呼ばれる圏足土器が磨製石斧と共に、

バタン島のスンゲ遺跡、ルソン島北部のアルク洞窟、ラロ貝塚、マスバテ島北部のバトゥンガン

第２洞窟、パラワン島のニ−ペット・ドゥルドゥク洞窟から出土している。[文献１４]

 

ダブット文化期において、ベトナム北部では内陸部、海岸部を問わず、紀元前４０００年

頃以降次第に土器が出現してくる。それと共に土器の上でも石器の上でも大きな進歩を見

せ始め、同時に生業の上でも狩猟・採集生活から農耕生活へと一歩踏み出した新しい文化、

後期新石器文化が各地で花咲く様になる。

この時期は狩猟・採集の時代から、ある種の農耕や水稲農耕へ、また石器から金属器へと

発展していく東南アジアの歴史の発展過程の重要な時期に当たる。

後期新石器文化の特徴は、土器に関しては拍打法による縄目を表面につけた縄目土器の

他に、土器の表面を磨いて製作時の縄目を消し、先端の尖った施文具で引っ掻いて文様を

付けた刻文土器や、彩色を施した土器が現れる事であり、石器に関しては刃部だけでなく

石器の広い部分、更には全面を研磨した磨製石器や、柄を付けるための突起を頭部に作り、

胴部との境界に肩の様な段を作り出した有肩石斧と言われる石斧等が現れる事である。

後期新石器時代に属する遺跡は、ベトナムの北部から南部、そして山地地域から海岸地域
までの広範囲に分布している。タブット文化より発展した後期新石器時代に属する文化が、

タインホア省の沿岸部にあるゴチュン遺跡で確認される。土器はダブット貝塚の物とよく

似た丸底の縄目土器で[文献０４]　（縄目文は少なく篭目文と言う[文献０７]）、刻文はない[文献０４]

（殆どないと言う[文献０７]）。　　石器はタブット貝塚の石器よりも進んだもので、きれいに研磨

された磨製石斧が多いが、有肩石斧は全く見られない[文献０４]・ [文献０７]。その他石製品には、

食料を擦り潰すのに使ったと考えられる磨盤と磨棒、および魚網錘などが多数ある。

魚網錘は丸い形をした片岩製であり、網を結びつけるための溝が付いている。この溝は

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擦切技法と言う表面を直線状に前後に擦ることによって擦り減らして溝をつける技法に

よって付けられている。ゴチュン遺跡の石斧にも擦切技法によるものが見られる。

これらから彼らの生活を復元すれば、漁撈にかなりの程度依存し、かつ食用の採取も重要

な生業であったようだ。あるいは何らかの農耕があったかもしれない。

これら全面磨製の石器と各種の土器を伴った後期新石器文化を、北の方から挙げると、

ハイフォン及びハロン湾の周辺部にハロン文化が、紅河の下流域においてフングェン文化

が、タインホア省のマ−川下流の海岸地方ではホアロク文化が、また、ベトナム中北部の

海岸地方ではバウチョ文化が、ほぼ同時代に其々の地域で展開していった。

そして、これらの諸文化は初期金属器文化（青銅器文化）へと発展していく。

クィンヴァン文化に続く遺跡として、ゲティン省のファイナム遺跡、フォイフォイ遺跡、

そしてビンチティエン省ドンホイ町近くの淡水湖の一つであるバウチョ−湖岸の貝塚遺跡

であるバウチョ−遺跡がある。バウチョ−遺跡は後期新石器文化に属し、バウチョ−文化

と命名されている。この文化に属する遺跡にビンチティエン省バウケ遺跡がある。

バウチョ−文化には、異なるタイプの遺跡が知られている。丘陵上や砂丘上にあり、貝塚

を持たないタイプ（バウケ遺跡・フォイフォイ遺跡）と貝塚を持つタイプ（コンロイモッ

ト遺跡）である。ファイナム遺跡やフォイフォイ遺跡下層に代表される、打製石器を主と

し、粘土紐巻上法で作った櫛歯文のある尖底土器を持つ段階から、フォイフォイ遺跡上層

に代表される、打製石器の減少と磨製の有肩石斧や磨製石斧の増加、拍打法による丸底の

縄目土器を持つ段階を経て、バウチョ−遺跡に代表される、多数の刻文土器を持ち、その

中には赤色顔料によって彩色された土器が出現するバウチョ−文化に発展する。[文献０４]・

[文献０７]　　バウチョ−文化の遺跡が中北部の海岸地域に分布している時、ハロン湾やバイト

ゥロン湾の島々や海岸地域には、異なる文化が存在していた。それはハロン文化である。

ハロン文化人は、島の石灰岩山の洞窟に彼らの痕跡を残しており、カットバ、トゥアンチ

ャウ、ゴクタンのような島にも野外の集落遺跡が発見されている。また、別の開地遺跡が

バイチャイ、シクト−、ドンマン、クァトドン、トイジェンのようなクァンニンの海岸

地域に存在している。トンキン湾内のカットバ島でカイベオ遺跡と言う開地遺跡が発掘さ

れた。カイベオ遺跡は3つの文化層からなり、最下層からはホアビン文化の礫器に似た

両面が加工された礫器のほか、ダブット貝塚の土器に似た粗製の土器が出土。この段階は

ホアビン・バクソン文化の伝統をひいたダブット文化に並行する文化段階と考えられる。

これに次ぐ第２層では、有肩石斧がある。両面ともに研磨が及んでいるが研磨を施す以前

の打撃痕が残っており、完全磨製の有肩石斧に先行するものである。土器は平底のものや

低い脚の付いたもので、縄目土器が多数を占める。最上層の第3層がハロン文化という

後期新石器文化段階で、平面形・断面形ともに方形をした前面磨製の方角石斧や有肩石斧、

頭部に柄を結びつけるための段を作った有段石斧がある。ベトナム北部の海岸地方におい

ても、前４０００年頃以降に土器が作られる様になり、石器も打製から次第に研磨が広い

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範囲に及ぼされていくようになる発展過程が分かってきた。

カイベオ遺跡から出土した遺物により、漁撈が盛んに行なわれていた事が推測されるが、

薄手の石斧の多くが農具であった可能性があり、漁撈と共に農耕にも生活の基礎を置いて

いたと考えられる。

タインホア省・ハウロク郡の海岸部、ホアロク村、フ−ロク村、リエンロク村の砂丘上に、

共通した特徴を持つ遺跡、コンサウチョ遺跡とコンゲ遺跡が発掘された。この両遺跡に

表される後期新石器文化をホアロク文化と言う。出土遺物の内容は共通している。

石器には全面磨製の方角石斧・有肩石斧の他に、大形・薄手でほぼ全面が打製のままの

方角石斧・有肩石斧がある。磨製品が木工具としての機能が強いのに対して、後者は農具、

特に土堀具としての機能が考えられる。従ってホアロク文化においては、農耕が行われて

いた可能性が高い。遺跡からは食物残滓として、イヌ、ブタ、ウシなどの家畜と考えられ

る動物の骨が出土しているので、家畜飼養が農耕と共に行われていた事を示している。唯、

出土した動物骨の７８％は野生動物なので、狩猟がまだまだ生業の上で大きな比重を占め

ていたと思われる。石製槍先、石鏃、石鋸の他、石錘があり漁撈も当然行われていた。

紅河デルタ地帯の後期新石器文化として、フングェン文化がある。紅河とダ−川との合流

点に近い、開地遺跡のフングェン遺跡からの命名だが、ここはベトナム後期新石器文化の

発展と青銅器文化の成立に関する重要な遺跡である。フングェン文化とは、フングェン

遺跡の内容と類似する、ヴィンフ−省、ハッバク省、ハソンビン省、ハノイ市、さらに東

は遠くハオフォン市のチャンケン遺跡に至る紅河デルタ下流域の広い地域にわたって分布

している共通の特徴を持った文化を言う。フングェン文化は石器製作の上で、完成の域に

到達している。石器は完全に研磨された磨製石器で、平面形・断面形ともに方形の方角

石斧が主で、有肩石斧は稀である。北のハロン文化や南のホアロク文化の石斧の状況とは

異なる。土器は甕、壷、高杯など形・文様ともに多様性に富み美しい。紡錘車の出土から

布も織っていたらしい。また、フングェン文化人は最初の稲作農耕民であった。[文献０４]

ヴィンフ−省のドンダウ遺跡のフングェン層から発見された炉址の中から多量の炭化米が

出土し、また、タインホア省、マ−川流域にあるドンティエン遺跡からは、7粒の炭化米が

発見された。さらにチャンケン遺跡からは栽培稲の花粉が検出されている。

ドンダウ遺跡・ドンティエン遺跡から出土した炭化米は、いずれも短粒のジャポニカ型の

米と、短粒大形の米である。フングェン文化の遺跡は自然堤防上に立地し、後背湿地を

水田にしたと思われる、いずれも大規模な集落址である。この様な大きな集落を作って

定住出来た事は、それを支える稲作農耕があったから可能だったと思われる。

 

ａ）　稲作の始まり

それでは最初とされるフングェン文化の稲作農耕とはどの様なもので、又どの様な経路で

もたらされたのだろうか？

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フングェン文化の遺跡からは自然堤防上に定住し、後背湿地を水田にした姿が想像される。

東南アジアの伝統的稲作には、山間盆地での灌漑移植稲作、山地中腹での焼畑、そして

平原での直播散播犂耕稲作と言う三つの代表的な類型が見られる。また、焼畑農耕から

派生したと考えられる、谷底の蹄耕稲作と湿地の無耕起稲作がある。[文献０２]

この内日本や南中国の水田と同様に田植えを行い、井堰を構築して灌漑する灌漑移植稲作

は、西暦紀元前後に漢代中国から東南アジアの北部に持ち込まれた。また、かって平原や

デルタで行われた稲作の主力であった直播散播犂耕稲作は、インディカの栽培、種籾の乾

田への直播散播、畜力利用による耕起中耕除草など、一千年紀前半に始まった「東南アジ

アのインド化」の過程で導入されたと見られる、インド乾地農耕の技術体系で構成されて

いる。焼畑稲作とそこから派生した谷底の蹄耕稲作と湿地の無耕起稲作の中に後期新石器

時代に出現し初期金属器時代に確立した、東南アジア初期稲作の姿を見出す事が出来る

[文献０２] 。フングェン文化の稲作農耕もきっと湿地における無耕起稲作だったに違いない。

磨製石器や土器の出現が語るように、後期新石器時代における東南アジアへの新たな技術

伝播の窓口は東南中国であった。紀元前6000年以前に始まる長江中下流域のジャポニカ

稲作の南方への伝播も、やはり東南中国から始まった。[文献０２]　　　

 

東南アジアへの稲作伝播の経路は、紀元前四千年紀の中頃、広東の珠江デルタの貝塚遺跡

から、長江中下流域の新石器文化である大渓文化の土器類と同じ土器類が出土、次に紀元

前三千年紀頃にやはり広東省の曲江県・石峡遺跡最下層の後期新石器文化段階に相当する

石峡文化層からイネ・アワが出土、その石峡文化を継承し、変貌させた土器や石器が紀元

前二千年以降、東南アジアのほぼ全域で見出せ、各地の遺跡の住居址の床面や土器の胎土

中からイネが検出される事により確認されることで、伝播の経路を推測する事が出来る。

後期新石器文化とそれに続く初期金属器文化前半、すなわち前二千年紀から前千年紀前半

の遺跡からイネの出土が報告されたのは、ベトナム北部ヴィンフ−省ドンダウ遺跡最下層

（フングェン文化層）、タイ東北部のウド−ンタ−ニ−県バンチェン遺跡下層、タイ中東部

のチョンブリ−県コックパノムディ遺跡（紀元前2000年と言う[文献１８]）、フィリピンの

ルソン島カガヤン渓谷ソラナ東遺跡、東マレ−シアのボルネオ島サラワクのシレ洞窟遺跡

等が知られると言う。[文献０２]　　　同時期のベトナム・南ロンアン省のアンソン遺跡出土の

土器にもイネが混入されていた。東南アジアへの伝播時期に関しては、後に検討したい。

 

ｂ)　農耕具

東南アジアの後期新石器文化とそれに続く初期金属器文化前半の遺跡から出土する遺物の

中で、直接稲作に関わりがあると見られるのは、テンベリング・ナイフ、打製石鋤、それ

に貝製と石製の収穫具である。テンベリング・ナイフとは、マレ−半島南部・西マレ−シ

アのテンベリング川流域から発見された事に因んで命名された、左右非対称の刃部とそこ

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から斜め上方に伸びた基部を有する扁平な石器で、全体のシルエットが靴の形に似ている

ところから、靴型石器とも呼ばれる。これが出土する遺跡はいずれも、山地から下った多
数の水流が合流してより大きな川となる中流域の氾濫原に位置している。そこでは通年

湛水する後背湿地が形成され、イネ科の雑草やカヤツリグサが繁茂している。この様な場

所で稲作を行う場合、最も合理的なシステムは、現在は海岸近くの低湿地で行われている

事が多い無耕起稲作である。ここでテンベリング・ナイフは除草、根切り具として使われ

ていたと思われる。打製石鋤が纏まって出土するのは、ベトナム北部の紅河デルタの低地

と中北部のタインホアン省の海岸部に展開したマドン−ホアロク文化の遺跡群、ビンチョ

ウ遺跡を初めとするベトナム中部海岸の早期サ−フィン文化、それにベトナム西北部の

ランソン省山間部に分布するマイファ文化の遺跡群などで、やはり除草具だと思われる。

マドン遺跡は紅河中流の扇状地・河岸台地複合地帯で、この一帯には後期新石器時代から

初期金属器時代の遺跡が群集しており、稲作適地であったことを物語る。

ホアロク文化と早期サ−フィン文化の遺跡群は海岸砂丘上に分布し、貝塚が形成され魚骨

や、漁撈具が出土している。魚介類を豊富に捕食出来、除草の容易な混砂地の存在する

場所は、まだかなり不安定要素の大きかった稲作を行おうとする人々にとって絶好の場所

だったと思われる。乾田の除草具である打製石鋤を多用して、焼畑を主体とする稲作を行

っていたのであろう。一方、ランソン省山間部のマイファ文化人は山地中腹の斜面地に

焼畑耕作を行い、打製石鋤の用途はやはり焼畑稲作における除草具であろう。

貝製と石製の収穫具は、穂摘み具として稲作が受容されたばかりの後期新石器時代（前二

千年紀）、および鉄器の普及が充分でなかった初期金属器時代前半（前一千年紀）において、

収穫具の主力であった。

貝製穂摘み具は、タイ中東部チョンブリ−県コックパノムディ遺跡と中西部のカンチャナ

ブリ−県バンカオ遺跡群から多数出土している。コックパノムディ遺跡の貝製穂摘み具は、

水田の様な環境に生息する淡水産二枚貝の殻を素材とし、その薄い腹縁部が砂岩製砥石で

削り取られ、成形されている。ミンダナオ島の貝製穂摘み具や東南アジア各地に残る鉄刃

貝製穂摘み具と同様に、基部を藤製や竹製の握りに挟め込み使用されたものであろう。

石製穂摘み具は磨製半月形のものが、後期新石器時代から初期金属器時代に跨るベトナム

南部のドンナイ川流域の諸遺跡や、やはりベトナムの中部高原から出土している。

特にドンナイ川流域では出土例が多く、カウサトのように５０点も出土した遺跡が知られ

ている。いずれも紐掛け用の孔が開けられておらず、やはり現代の貝製や鉄刃の穂摘み具

同様、藤製や竹製の握りに挟め込み使用されたものであろう。なお穂摘み具としては大き

過ぎる石製半月形製品があり、穂摘み具以外の用途もあったようだ。[文献０２]

初期金属器時代後半に青銅器の普及と鉄の利用が始まり、稲作にも金属製農具を使用する

時代に移行する。特に紀元前三世紀に始まる鉄器の使用は、焼畑稲作や湿地での無耕起稲

作における耕地造成作業を著しく効率化させ、伝統的栽培システムの確立に大きな役割を

１７

果たす事になる。この時代の遺跡から、鋤、無文靴形斧（無文非対称斧）、穂摘み具、鎌な

どの金属製農具、それに小型の木鋤が出土する。[文献０２]

 

墓制については、中期石器時代のホアビン文化での埋葬は一般的には両手両足を強く折り

曲げた姿勢で葬る屈葬であるが、その他手足を伸ばした姿勢の伸展葬や、白骨化した遺骸

の骨を集めて再度埋葬する二次葬がある。ベトナム北部のハンチュア洞窟では遺骸は屈葬

され、足元には副葬品として石器が置かれていた。　ニンビン省のハンダン洞窟の３体と、

モクロン岩陰の５体の場合は、遺体は折り重なって埋葬され、その上には赤い顔料が振り

掛けられ、石器が副葬され、遺体の周囲には石が積み上げられている。ランガオ洞窟では、

２５�uの範囲に２００個の頭骨と、頭骨の傍には四肢骨が密集した状態で置かれていた。

頭骨の中には同じ大きさの石塊で支えられているものもあった。それに対して腰骨や肋骨
は少数が堆積層の中に散乱していた。マレ−半島のこの時期の埋葬も同様である。

チャ洞窟の下層部のホアビン文化の埋葬では屈葬であり、上層部の新石器文化層では伸展

葬が見られる。ペラク州のゴルバイト岩陰では、屈葬、二次葬、伸展葬があるが、頭骨の

位置を示すために石が置かれていた。グアケルバウ遺跡では屈葬人骨の埋葬された中央部

に大きな石が置かれていた他、赤色顔料の散布もあった。この事は、頭骨と四肢骨と言う

特定の部位の骨に対する特別な感情が当時の人々にあった事を示しており、石器の副葬や

遺体の赤彩と言った厚葬の風習が既に存在していた事も物語っている。

バクソン文化の埋葬も基本的には同じである。この様な頭骨と四肢骨を重視する二次葬の

伝統は、ずっと後世の歴史時代初期まで続いていく。[文献０４]

タイ西部の後期新石器時代のバンカオ遺跡では埋葬人骨４５体の内、４１体が新石器時代

のもの、２体が鉄器時代のものであり、残り２体は副葬品が無いため不明だが、新石器時

代のものは殆どが伸展葬であり、前後２つの時期に分けられている。前期の埋葬は頭か脚

のところに土器を、また頭の下に磨製石斧を副葬する。後期の埋葬にも土器と磨製石斧が

副葬される他、貝製ビ−ズ、石環、骨製銛先がある。同時期のタイ中部コックチャル−ン

遺跡でも同様で、４２基の墓の内殆どが伸展葬であり、副葬の土器が足元や踝の上に置か

れたり、あるいは骨盤や胸の上や頭の両側に置かれていた。磨製石斧が副葬されている

ものもある。ここでは副葬品の多少の差や、装飾品の差が認められ、既に社会的な格差が

生じていた様である。やはり同時期のタイ中東部タイ湾東岸の埋葬遺跡コックパノムディ

遺跡からは、１５４体の埋葬人骨が出土したが、ここでも遺骸は伸展葬で葬られ、土器は

両足に沿って、又足元に副葬されている。女性人骨には土器製作具である陶製アンヴィル

が副葬されており、性差による分業が既にある社会と言える。また土器には稲籾が含まれ

ており、この事から紀元前２千年紀中に稲作農耕が行われていた事が分かる。厚葬された

遺骸群と全く副葬品を持たない遺骸群とに分かれる現象が見られる。

マレ−半島で発見された遺跡は全て墓址であり、タイと事情は同じである。その代表的遺

１８

跡にチャ遺跡がある。下層部はホアビン文化の埋葬があるが、上層部から後期新石器時代

に属する３３体の伸展葬人骨が発見された。副葬された土器は足元にあり、食事に使われ

た貝殻製スプ−ンが土器の中に置かれたり、遺骸の手に握られていたりする。

また磨製石斧もある。ベトナム後期新石器時代に見られる、断面がＴ字形やＤ字形をした

円盤状の石製腕輪を腕に付けたものもある。カンボジアの後期新石器時代の墓制は殆ど

分かっていない。ラオスの後期新石器時代の墓制についても全く分かっていない。しかし

各地の後期新石器時代の遺跡の埋葬状況から、この時期共通して格差が見られ始め、中に

は際立って大きく、副葬品の多い墓が混じり初め、社会的格差の出現を示している。

また相当な人口が長期にわたって生活する事を示す、大きなマウンドの遺跡が発見される

様になる。この変化は、文化、社会の様々な方面に及ぶ本質的な違いがあり、その背景に

は稲作があったと思われる。その痕跡が多くの遺跡から見出される。[文献０４]

 

フングェン文化、ハロン文化、ホアロク文化は、ベトナム北部において後期新石器文化か

ら青銅器文化へと発展していくほぼ同じ時期に、地域を異にして存在した文化である。

これら３つの文化はどの様な相互関係にあるのだろうか？石斧については、紅河流域の

フングェン文化の諸遺跡においては方角石斧を主とし、有肩石斧は殆ど見られない。

フングェン、ザウズオン、ルンホア、ゴ−ポンなどの諸遺跡がその例である。

一方、ベトナムの北部山地にあたるランソン省の新石器時代後期のバシャ遺跡では、土器

や方角石斧と共に有肩石斧が出土している[文献０４]。カオラン省からホアンリエンソン省の

間の各省のいたる所で、同じく磨製の方角石斧や有肩石斧が出土している。チュオンソン

山系の石灰岩山の洞窟〜ゲティン省・クィチャウとタインホア省・チュオンソンの省境の

地域で、この時代の遺跡を包含するタムメムオン、タムポン、タムケサン、ナタム、タイ

ティエンの様な洞窟遺跡でも方角斧や完全磨製の有肩石斧が多数出土している。[文献０７]。

この事から有肩石斧が北部沿岸地帯のハロン文化領域から、タインホア省沿岸部のホアロ

ク文化の領域に至る海岸地帯一帯と共に、北部山地にまで拡がっている事が分かる。

方角石斧がほぼ全地域を覆い、さらに有肩石斧が分布する地域と有肩石斧を欠く地域が

あると言うのが、ベトナム北部の後期新石器時代の状況と言える。ホアロク文化には耕具

と考えられる石鍬が沢山有るのに対し、水稲耕作を行っていたフングェン文化の遺跡から

は石鍬が見つからないと言う事は、木製の農具が使われていた事を推定させる。

土器に関しても、フングェン文化に後続するドンダウ文化では、沈線による直線や曲線で

文様を表現するモチ−フがあり、これはフングェン文化後期段階から既に存在する。

またこれと似たモチ−フは、ホアロク文化の土器に普遍的に存在する。このような土器

文様の類似は、両者の年代的な関係と両地域間の交流があった事を示す[文献０４]。

ドンダウ遺跡下層のフングェン文化層からは1380±100ＢＣが、ドイザ−ム遺跡からは

950±60ＢＣが、チャンケン遺跡からは1455±100ＢＣと言う年代測定が得られている。

１９

フングェン文化の年代を考える上での手掛かりは、フングェン文化の遺跡から出土する

石戈で、ルンホア遺跡の石戈は広東省沿岸部から出土する石戈と共通しており、援基部に

小さな穴を持ち、援には稜がある。これは金属製の戈の姿をよく留めたもので、ルンホア

遺跡出土の石戈の形態は、中国安陽市にある殷代後期の王墓である武官村大墓から出土

した青銅戈の形態とよく似ている。従ってフングェン文化の石戈の上限年代は殷代後期

（紀元前１４世紀頃）と言えよう。またフングェン文化の様相と似ている、中国広東省

東部の沿岸地方や広東省南部の新石器時代の遺跡の発掘が進んでいるが、金蘭寺貝塚の

出土遺物の比較から、フングェン文化の上限年代は殷早期には遡れないと言う。[文献０４]・

[文献１３]　また、フングェン遺跡及びソムレン遺跡のフングェン文化後期段階の層から牙璋が

出土した。牙璋の年代については、近年中国資料の編年研究が行われ、中国側資料との

比較研究の結果、両遺跡の牙璋は前1100年頃と推定されたと言う。[文献０４]

とすれば、フングェン後期の年代は前1100年頃、前二千年紀末となる。

また、上限が殷早期以降とすれば、早くて紀元前１６世紀以降と言うことになり、フング

ェン文化期は紀元前１６世紀頃から紀元前１１世紀頃迄と言うことになる。

フングェン文化期に最初の稲作が行われたとすれば（これに関してはどの説も共通してい

る）、フングェン文化の発生時期が問題となるが、[文献０１]では紀元前三千年紀後半には既に

水稲稲作は始まっていたと述べ、[文献０２]・ [文献０３]では単に稲作が始まった時期を紀元前二千年

紀以降と言うだけで、具体的な検証は成されていない。また[文献０７]では稲作の開始時期に関して

は明記していないが、しかし訳者・菊地誠一氏による1970年の会議資料を基にしたベトナム

考古学者の年代観を纏めた表によれば、フングェン文化段階の年代を、ハ・ヴァン・タン

（紀元前2300〜前1700年）、ホアン・スオン・チン（紀元前2000〜前1000年）、ジィプ・

ディン・ホア（紀元前2800〜前1800年）、レ・ヴァン・ラン（紀元前2000〜前1000年）、

グエン・リン（紀元前2000〜前1500年）、グエン・ズイ・ティ（紀元前2500〜前1400

年）、チャン・クォック・ヴォン（紀元前2100〜前1500年）としていて実に様々であるが、

いずれも紀元前３千年紀から紀元前２千年紀とかなり古く想定しているが、[文献０４]を除いて

その時期を明確に検証していない。稲作の伝播時期が紀元前三千年紀後半とか紀元前２千年紀

初めというこれまでの説[文献０１]・ [文献０２]・ [文献０３]・ [文献０７]は説得力を持たない。

私はフングェン文化期の年代を、紀元前2000年紀前半末から紀元前2000年紀末と考え、

そして、東南アジアへの稲作の伝播時期を紀元前2000年紀半ばと考えたい。

 

一方、タイにおいても稲作を基盤とし、全面磨製石器と土器を持った後期新石器文化が

展開していた。タイ西部・カンチャナブリ−県のクワエ・ノイ川の古い河岸段丘上にある

墓地遺跡・バンカオ遺跡では、埋葬が前後二期に分けられ、前期の副葬品は土器と磨製石

斧のみで、土器としては三脚の付いた浅い鉢や、脚の付かない浅い鉢、高杯、圏足付きの

壷、広い口の付いた壷などがあり、石斧は方角石斧で有肩石斧や有段石斧はない。

２０

後期の埋葬にも土器と磨製石斧が副葬される他、貝製ビ−ズ、石環、骨製銛先などもあり、

遺体がブタの皮で覆われたものもある。土器には鉢や圏足の付いた壷、丸く胴の膨らんだ

台の付いた鉢など、様々な種類がある。土器は前期・後期共に縄目土器で、出土した土器

の分類の中で、広口丸底の壷が前期・後期の両時期の墓から出土するので、バンカオ遺跡

の埋葬は、この土器を仲介にした連続した２時期の埋葬であると思われる。バンカオ遺跡

の墓の年代は、14Ｃ年代値で前期が1870±140ＢＣ、後期が1570±120ＢＣから1300±120

ＢＣの範囲にある。バンカオ遺跡に基付けば紀元前１３００年頃まで、タイ西部では後期

新石器文化が続いていた事になる。バンカオ遺跡のあるクワエ・ノイ川の上流にはホアビ

ン文化として名高いサイヨク洞窟があり、この上層からは後期新石器時代の埋葬が発見さ

れた。土器はバンカオ遺跡のそれと同じで、中には三脚付き土器も見え、磨製石斧も副葬

する。バンカオ遺跡やサイヨク洞窟の三脚付き土器と同じ様な三脚付き土器は、近年タイ

南部でも多数発見されている。マレ−半島の付け根にあるクラビ県ペウンヒンナチンでは、

バンカオ遺跡と全く同じ様な土器が発見されているし、マレ−半島のトランやソンクラ−

及びスラタニなどにある洞窟遺跡や、マレ−シア領内のマレ−半島からも採集されている。

この様な縄目文の付いた土器本体と三脚とを持った三脚付き土器は、タイ西部及びマレ−
半島に特徴的な土器と言えよう。同時期のタイ中部コックチャル−ン遺跡は熱ルミネッセ

ンス法によれば、1180±300ＢＣ及び1080±300ＢＣの２つの年代が得られている。この

年代が正しいとすれば、紀元前２千年紀の終わり頃、タイ中部においても後期新石器文化

の段階であった事が言える。マレ−半島の代表的遺跡のチャ遺跡の上層部から出土した

土器は、縄目文土器が殆どで様々な器形がある。浅鉢や平底の土器、高杯、圏足付きの

土器などの他、背の高い口縁部が大きく外側へ湾曲したチュ−リップ形で、文様は刺突文

を沈線で区画した帯状文によって斜線文や渦巻文を描いた土器がある。

この種の文様はベトナムのフングェン文化やホアロク文化の土器、またタイのコックパノ

ムディ遺跡の土器などと共に共通するところのある文様である。

チャ洞窟遺跡の土器に類似する土器は、マレ−半島のペルリス州・ブキットテングレンブ

岩陰、ケダ−州・グアベルハラ遺跡、クランタン州・グアムサン遺跡などがある。

ブキットテングレンブ岩陰の土器にも、チュ−リップ形の土器や高杯、器台などがあり、

グアベルハラ遺跡では、バンカオ遺跡の土器に似た三脚付き土器が発見されている。

石器はマレ−半島独特の形態のもので、両側辺から刃が付けられて、刃の中央に稜のある

片刃石斧で、鳥の嘴に似ていることからビ−クト・アッズと呼ばれるものである。

カンボジアの後期新石器文化では、トンレ・サップ湖岸にある大貝塚のサムロンセン貝塚

遺跡がある。石器は磨製の有肩石斧や方角石斧、丸鑿形石斧などがあり、土器には縄目文

土器や無文土器などの粗製土器と、刺突文の周囲を沈線で区画して文様を描いた精製土器

とがある。この文様の特徴はベトナムやタイ、マレ−半島の後期新石器時代の土器文様と

共通するところがあり、年代的にも並行するだろう。磨製の石製腕輪や紡錘車などもあり、

２１

同様にタイやマレ−半島の遺物と共通する。カンボジアにも大陸部諸地方の後期新石器文

化と同じ後期新石器文化があった事を示しているのだろう。

ラオスの後期新石器文化に付いては、ルアンプラバン近郊での簡単な調査があり、それに

よれば、全面を研磨された方角石斧や有肩石斧がある。またルアンプラバンからメコン川

上流７�qのバンドンティオで採集された土器は、特色ある渦巻文や波状文が描かれている。

これはタイ東北やベトナム北部の後期新石器文化から青銅器文化の土器に通じる特徴で

ある。ラオスにおいても、隣接するタイやベトナムに似た文化があった事が推定されるが、

将来の調査を待たねばならない。ベトナムでも、タイでも、またマレ−半島においても、

また恐らくカンボジアやラオスにおいても、東南アジア大陸部のほぼ全域において、紀元

前２千年紀後半に至る迄人々は拍打法による土器を基本とし、さらに回転台をも使って、

渦巻文や波状文などの文様のある土器を作っていた。その生活の基盤は狩猟・漁撈・植物

採集もかなりの比重を占めていたとは言え、既に稲作をも行う様になっていた。その社会

は既に僅かではあるが、社会的ランクが生じ、性による分業も始まっていた。[文献０４]

ベトナムにおいては次の新しい時代、金属の道具を作り使用する時代へと展開していく。

フングェン文化の遺跡から青銅器の破片が発見されている。ヴィンフ−省ドアントゥオン

遺跡からは青銅の小破片が、ハノイ市のスアンキゥ遺跡からは青銅器の破片が出土して

いる。これらの遺跡はフングェン文化後期の遺跡であり、フングェン文化の終わり頃には

（紀元前１１００年頃）、石器から青銅器の使用へと発展し始めていた事を示している。

この様にフングェン文化は、稲作と金属器と言う東南アジアの文化を規定する２つの重要

な要素を持った、ベトナム史上での画期をなした文化であった。

 

３、東南アジア初期金属器文化の様相

ここで今まで述べてきたベトナム北部の文化期を、大体の年代で整理しておきたい。

後期旧石器文化であるソンヴィ−文化（紀元前１万６０００年〜紀元前８０００年頃

[文献０４]・ [文献０９]）は、紀元前９０００年頃、中期石器文化であるホアビン文化（紀元前

９０００年〜紀元前５５００年頃[文献０２]・ [文献０９]）へと発展し、紀元前８０００年頃から

前期新石器文化であるバクソン文化（紀元前８０００年〜紀元前６０００年頃[文献０７]）へ
発展、後期新石器文化への過渡期であるタブット文化の時期、紀元前４０００年以降土器

が出現する[文献０２]・ [文献０４] ・ [文献０７]。それに続く紀元前２８００年頃[文献０２]・ [文献０４] ・

 [文献０７]のクィンヴァン文化を経て、紀元前２０００年頃バウチョ文化（紀元前２０００年

〜紀元前１１００年頃[私見]）と言われる後期新石器文化を迎える。

ほぼ同時期、各地にハロン文化・ホアロク文化・フングェン文化（紀元前１６００年頃〜

紀元前１０００年頃[私見]）が展開する。フングェン文化は金石併用文化であるが、その

文化の中で紀元前２０００年紀半ば以降東南アジアに稲作が登場し、紀元前１１００年頃

から青銅器が出現する。東南アジアは初期金属器文化と言われる時代を迎える。

２２

石器から金属器に利器が変わると言う事は、
背景となる社会環境が変わった事を意味する。
金属器の製作はそれ自体が非常に高度な特殊
技術であり、それまでの生活の一部を割いて
石器製作にあてると言う様な兼業的な方法で
は成り立たず、金属器製作専門の職人による
専業が多くを占め可能となったと考えられる。
専業を成り立たせるにはその社会的背景と
して、分業を可能にさせ、かつ、彼らの様な
直接食糧生産に携わらない人々の食料の確保、
言い換えれば稲作農耕での生産性の向上や

拡大が必要であり、さらに金属器製作の知識

や材料の確保等の問題がある。人間が手に

した最初の金属器は、青銅と言う合金であり、

それには銅や錫、鉛という原料と、その製作

技術の知識が必要である。原料となる銅や、

それ以上に錫については、その産出地が極め

て限られているが故に、それ等の原料を入手

するには、原料の産地と製品の製作地を結ん

だ、交易関係が確立するという社会的背景も
条件となる。　金属器文化の諸遺跡　[文献０２]より

そう言った諸々の条件を満足させる社会的、経済的な成熟度にある程度達したところで、

金属器文化が発生する。紀元前２０００年紀半ば以降、ベトナムの紅河デルタの自然堤防

上に居住し、後背湿地を水田とした水稲稲作を行うという生活をしていた場所で、フング

ェン文化後期段階の時代に、東南アジアの金属器（青銅器）は誕生したと考えられる。

ベトナムの初期金属器文化は、東南アジア最古の金属器文化と考えられる。

ａ）　北部ベトナムの初期金属器文化

ベトナムでの青銅器文化は、以前はドンソン文化が唯一の青銅器文化として知られていた

が、現在ではフングェン文化→ドンダウ文化→ゴームン文化→狭義のドンソン文化と言う、初期

金属器文化の４期編年が確立される迄に至っている。またその層位的確認もヴィンフ−省

のドンダウやハバク省のドンラムをはじめとする多くの遺跡でなされている。[文献０９]

横倉雅幸氏の“ベトナム出土の玦状耳飾り”によれば、各文化期の年代を、フングェン文化を中国

の春秋後期〜戦国前期並行、ドンダウ文化を戦国前期〜中期並行、ゴ−ムン文化を戦国中期〜

後期並行、そして狭義のドンソン文化を戦国末か前漢の初頭〜後漢前期並行としている。[文献１５]

また、[文献１０]ではフングェン文化を紀元前一千年紀頃、狭義のドンソン文化を紀元前一千年紀

２３

後半、そしてバンチェンに代表されるメコン文化を紀元前一千年紀の中期としている。

フングェン文化において青銅器製作を示す鉱滓が発見された遺跡は、前期のヴィンフ−

省・ゴ−ボン遺跡、中期の同省・フングェン遺跡、後期の同省・ルンホア遺跡など、既に

数地点を数えている。特にゴ−ボン遺跡から鉱滓が発見されたと言う事実は、フングェン

文化の出現とほぼ時を同じくして青銅器の製作が始まっていた事を意味し重要である。

[文献０９]　　 [文献０３]によると、ベトナム北部で青銅器の製作が開始されたのは、中国南部・南寧

地区と同時期ほぼ紀元前1200年前後で、最初に作られた青銅器ははめこみ型の斧、槍の穂先、

腕輪、ビ−ズ、釣り針、鈴、碗などであるとしているが、しかし実際にどの様な青銅器が製作されて

いたのかと言うと、ティエンホイ遺跡から尖頭器（工具と見られている）の破片が出土している程度

で、具体的なセット関係はドンダウ文化まで下がらないと明らかにならない。[文献０２]　

フングェン文化後期に青銅器製作が試行され始めた後[文献０２]、紀元前一千年紀前半から、

ベトナム北部で青銅器製作が定着し始める。また紅河流域のほかに、マ−川下流域でも

ホアロク遺跡などの水稲農耕村落において同じ動きが起きた。石製鋤先などの石製農具や

木製農具を使った農耕を行いながら、金属器製作への試行が始まったのである。

フングェン文化に続くドンダウ文化期のドンダウ遺跡からは斧の石製鋳型が出土している

他、扇状斧、用途不明のおろし金形銅器や釣針、鏃、矛などの青銅器もある。

ついで紀元前一千年中頃、ゴームン文化期には青銅器の種類も量も増え斧や靴形斧、釣針、

釜、矛、鏃、腕輪など、農耕具、武器、装身具の類が作られている。[文献０２]

紀元前４世紀頃 [文献０２]・紀元前３世紀〜紀元１世紀[文献０１]・ [文献０９]　東南アジアを代表する

金属器文化狭義のドンソン文化の時代になり、鉄器の実用化による新しい時代へ入っていく

事になる。この４つの文化を石器の占める内容で見ると、フングェン文化とドンダウ文化

では、まだ実用の工具としての石斧や石鑿が大量に製作されており、鋳造こそされたもの

の青銅製の斧が、機能し使用された範囲はかなり限定されていたのではないかと思われる。

これに対してゴームン文化では石斧や石鑿が減少し始め、狭義のドンソン文化では殆ど消滅

してしまう。この様な現象は、青銅器の多様化とそれに続く鉄器の普及とに深く関わって

いると見られる。つまり北部ベトナムの初期金属器文化は、過渡期的なゴ−ムン文化を

挟んで、金石併用であるフングェン文化・ドンダウ文化と本格的な金属文化である狭義の

ドンソン文化という二つの発展段階に大別する事が出来る。[文献０９]

そのことは青銅器の内容からも言える。フングェン文化では製品として原形を留めている

遺物が出揃っていないので言及出来ないが（尖頭器片・青銅器製作を示す鉱滓が発見され

ている）、ドンダウ文化では、戈・矛・鏃・鏢・舏刀・扇状斧・有肩斧・無文の非対称斧

（靴形斧）・長方形斧・鎚・鑿・釣針・針金・ブラシ状銅器・尖頭器などの青銅器及びその

鋳型が出土している。武器と工具の双方が既に其々セットとして存在する事が注目されよ

う。ところがこのドンダウ文化の遺跡からは、狭義のドンソン文化の諸遺跡から発見され

る有柄剣などの武器類・鋤・穂摘み具などの農耕具・容器類・印章・鏡・貨幣・ブレスレ

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ットやイヤリングなどの装身具類、それに東南アジア製青銅器中の白眉である銅鼓が、

１点も出土していない。それら狭義のドンソン文化に現れる青銅器類のかなりの部分、

例えばハ−ト形と長方形の鋤・有柄一字格短剣・銅鼓などは、紛れもなく雲南青銅器文化

が生み出したもので、この時期に雲南の影響下に製造され始めたか、あるいは雲南から

搬入されたと考えられる遺物である。また洗（手洗い用の水盤）・鏡・印章・貨幣などは、

戦国後期〜後漢代の中原文化の産物及びその忠実な仿製品である。さらに狭義のドンソン

文化ではその新しい時期において、武器・工具・農具などの鉄器化が急速に進んでいる。

そして狭義のドンソン文化は雲南・嶺南との交渉が密で絶対年代を示す遺物も多いが、フングェ

ン文化・ドンダウ文化には直接絶対年代を知る事が出来る資料がなく、しかも青銅器の様相も

かなり異なっている。そのため絶対年代の解明も文化系統の把握も難しい。[文献０９]

 

さて、ドンダウ文化はヴィンフ−省イェンラク郡にあるドンダウ遺跡を標識遺跡とする。

ドンダウ文化の分布域はヴィンフ−省、ハソンビン省、ハノイ市、ハバック省の広い範囲

にわたる。ドンダウ文化の遺跡はいずれも広い面積を占め、稲作に基づく定住生活を営み、

集落を形成していた。青銅器は上述の遺物があるが、その成分の分析結果では、錫が１１％

〜２０％含まれた完全な青銅器である。ドンダウ文化の段階になって青銅器文化は完全に

根付いた。土器は鍋・甕・碗・把手の付いた籠に似た容器など各種のものがある。

また煮炊きする時に土器を支える土製支脚もあり、種類や文様がフングェン文化の伝統を

よくひいている。その他狩猟などに使われた粘土を焼いて作った丸い投弾もある。

ドンダウ文化に次いで、ヴィンフ−省ラームタオ郡にあるゴ−ムン遺跡を標識とする

ゴ−ムン文化へと発展する。ゴ−ムン文化の分布域はフングェン・ドンダウ文化と同様に、

ヴィンフ−省、ハソンビン省、ハノイ市、ハバック省であるが、特にヴィンフ−省の南、

ハソンビン省の北部、紅河・カウ川・ダイ川流域に多く分布している。青銅器生産は益々
盛んになり、青銅器が石器を量的に凌ぐようになる。例えばヴィンクァン遺跡では道具の

６２％が青銅器となっている。土器は口縁部が広がった浅い底の丸いものが多く、文様は

刻文と櫛歯文によっており、連続した曲線文や三角文の他に四角形の雷文と呼ばれる渦巻

文もある。これらの文様にはゴ−ムン文化以降の青銅器、中でも銅鼓や青銅器容器の文様

に見られるモチ−フが現れる事は、ゴ−ムン文化が次の狭義のドンソン文化へと発展して

いく事を示すものとして注目される。ベトナム初期金属器時代の最後の文化が東南アジア

を代表する金属器文化の、狭義のドンソン文化である。[文献０４]

狭義のドンソン文化はタインホア省、タインホアの北、マ−川右岸の丘陵と川の間の低地

にある1924年に発見され、その後1976年迄数次に亘って発掘された墓地遺跡・ドンソン

遺跡の名による。発掘の結果総数２００基を越える墓が発見され、これらが３つの時期に

分けられる事が明らかにされた。その第１期はゴ−ムン文化に並行する時期であり、第２

期が狭義のドンソン文化そのもので、第３期には中国製品や幾何印文陶があり、後漢代、

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紀元１世紀頃の文化である。以後ドンソン文化と呼ぶものは、狭義のドンソン文化を示す。

ドンソン文化は独特の青銅器で知られているが、中でも最も注意をひくのが銅鼓である。

銅鼓はヘーガ−の研究によって、ヘーガ−�T〜�W式の４型式に分類されている。

最古とされたヘーガ−�T式と呼ばれる銅鼓が、中国南部（四川・貴州・雲南・広西）と

東南アジア（ミャンマ−・フィリピンを除く）に分布する。�T式銅鼓の中でも新しいタイ

プの銅鼓が、東南アジア大陸部からインドネシア島嶼部、最も遠くではニュ−ギニア島

チェンドワラシ半島に至るまで広く分布している。この事はドンソン文化の影響が東南

アジアの相当広い地域にまで及び、銅鼓が各地の部族に受け入れられた事を示している。

銅鼓が出土した場所を見ていくと、河川流域の交通の拠点や、陸上交通の拠点などである

事が分かる。ラオス南部ではメコンの河川交通の途切れる地点であるコ−ン滝の上流の

中洲、サ−ン島から大型銅鼓が出土、タイ・ムクダハン近くのメコンの中洲、タ−ン島で

墓の副葬品として大小２個の銅鼓が出土、その他河口や合流点などに銅鼓の出土が多い。

タイからベンガル湾岸のモ−ラミャインへ通じる重要な陸上交通路の拠点、スコ−タイで

も２個の銅鼓が出土している。重要拠点は政治権力の発生する場所であった事が、銅鼓が

威信財として受け入れられている事からも分かる。東南アジア大陸部では墓の副葬品とし

て出土する事が多いが、地中から単独で発見されることもある。この事は、現在でも中国

南部や東南アジアの山地民の間で、お祭りの時に楽器として打ち鳴らされているが、当時

も重要な祭祀に使われた道具であったろうし、同時に所持する事が権力者としての力を表

すものであり、富と権力と支配権の象徴であったのであろう。この事は、雲南省の石寨山

遺跡から出土した貯貝器の蓋の上に塑像群で表現された祭祀の情景に見られる。ドンソン

文化に見られる�T式銅鼓は鼓面の中央に星形の文様があり、その周囲に飛鳥や頭に鳥の羽

飾りを付けた人物像、鳥人が乗ったゴンドラ状の舟などが描かれる他、幾何学文や連続渦

巻文などが描かれる。また頭部側面にも鳥人や鳥人の乗った舟などが、また胴部にも人物

や鳥、動物などが描かれるものがある。この様なドンソン文化に見られる�T式銅鼓よりも、

更に古いタイプの銅鼓が雲南省で発見されるようになった。早期銅鼓、或いは先１式銅鼓

と呼ばれるこれらの銅鼓は、無文あるいは簡単な文様のみをもつ初期的な銅鼓である。

そして、極めてスム−ズな型式変遷を遂げている。先１式銅鼓は雲南省西部のいわゆる

大理地方の諸県に分布している。この地域は雲南北西部方面から南下する石棺墓の分布域

の南限にあたり、東南アジアに向かって流れる紅河、メコン川、サルウィン川などの上流

にあたっている。銅鼓はこの地方で作り出されたのであろう。

雲南で先�T式銅鼓が副葬されていた祥雲県大波那銅棺墓や楚雄県万家覇古墳群の墓は

紀元前５世紀を上限とされる。従って銅鼓が創出されたのは紀元前５世紀頃であろう。

[文献０１] ・ [文献０２]・ [文献０４]　　先１式銅鼓は東北タイやベトナム北部からも、僅かではあるが

発見されている。ベトナムハソンビン省のトゥンラムから出土した銅鼓は、先�T式銅鼓の

内でも最も新しいタイプのものであるが、ベトナムのヴィンフ−省トゥオンノンで発見

２６

された先１式銅鼓や、タイで発見された先１式銅鼓は、雲南省から出土したものと共通し

た特徴を持ち、やや古いタイプの先�T式銅鼓である。銅鼓はこの後、戦国時代後期紀元前

４世紀頃[文献０２]・紀元前３世紀頃[文献０４]から、雲南東部の滇池周辺で文様が複雑化しすぐ様

ベトナム北部に波及、銅鼓製作の中心地となり、紀元前４世紀〜紀元２世紀のヘーガ−

�T式へと発展していく。『漢書』地理史には、雲南は多数の小政治集団に分かれており、夜郎、

滇（てん）などの国の下に王が統括する多数の部族が居た事が記されている。これと同じ

状況はベトナム北部でも東北タイでも存在した。６世紀に書かれた『交州外域記』などによれ

ばベトナムでは雒王の下に貉候、貉将という支配層がおり、これらの貉候や貉将が堤防を

構築する事によって安定した灌漑を行う貉田経営をしていた一般民衆、貉民を支配下に治

めていた。東北タイでもマウンドを居住域とした小集団がいたる所に群立していた。

この様な小集団の支配層たちにとって、銅鼓は威信財として受け入れられたのであろう。

舟に乗った鳥人や動物など、銅鼓と共通する文様が刃部に描かれた靴形銅斧も、ドンソン

文化の特徴的な青銅器である。靴形銅斧を持って羽飾りを付けた戦士が銅鼓の文様にある

ので靴形斧は武器の一種、しかもかなり儀杖的なものであろう。刃にこの様な文様を付け

た青銅斧は雲南省の儀杖的青銅斧の系統をひき、ドンソン文化の領域に限らず、中国南部

などにも分布している。又遠く離れた浙江省からも同じタイプの青銅斧が出土している。

ドンソン文化に見られる青銅戈も雲南や四川の青銅戈の特徴をひいている。戦国時代の

中国の青銅戈と違って、ドンソン文化に見られる戈は長胡有翼戈と言い、いずれも基部に

柄を付ける為の翼状の突起を持ち、刃の下側が長く伸びる特徴がある。これはタイで出土

する青銅戈にも共通する特徴である。ドンソン文化の青銅器を通じて言える事は、雲南の

青銅器との関係が深く窺えることであり、同時にタイ東北地方で出土している青銅器とも

通じるところがある事である。この様な青銅器の共通性に対して、土器の特徴ははっきり

と異なっている。タイでは彩色刻文土器や彩文土器であるのに対して、ドンソン文化では

刻文は殆ど無く、墓から出土する土器は縄目土器で赤く彩色されている。雲南の土器は

表面が平滑で彩色されない。土器の有り方は３地域が其々独自の地域性を持っていること

を示す。雲南方面からの影響力は極めて大きいものがあったが、しかし雲南・ベトナム

北部・タイ東北地方には其々独自の文化発展の過程があり、それを基層にして、相互に

影響を及ぼしながら、初期金属器文化を展開させていったと言える。

 

ベトナムの初期金属器文化は、他の地域でもその発展の過程を辿ることが出来る。

ゲアン省では、ゴ−ムン文化並行の、青銅製の鍬や青銅の小片と堝などがあるルーチャン

遺跡や、ドンソン文化並行のランヴァク遺跡などがある。ここから出土した青銅器には、

北方ユ−ラシアの青銅器文化の伝統をひいた動物闘争文様の付いた短剣や、ピック、ベト

ナム北部や雲南、広西、広東にも分布するバケツ形銅器などがあり、ドンソン文化の多彩

な文化的伝統を示していた。ベトナム南部においても、後期新石器時代から青銅器時代へ

２７

至る４段階の過程を示す遺跡が発見されている。ドンナイ文化を代表とする南部青銅器時

代の遺跡としては、ホ−チミン市の北東36�q、ビンズン省のゾクチャア遺跡があり、石器

や土器の他に各種の青銅器と鋳型が出土している。なかでもソケット付扇状の青銅斧は、

タイのノンノクタ遺跡やラオスのルアンプラバンから出土した青銅斧と形態が似ており、

メコンを介した技術交流があったようで注目される。ベトナムでは、紅河流域だけでなく、

各地の中小河川の流域にも初期金属器文化の地方的形成が進んでいた。[文献０４]

この事は河川の流域毎に地域的な統合化が始まっていた事を意味する。

 

ｂ）タイの初期金属器文化

　ベトナムと並んで問題となってきた地域は東北タイである。

東北タイでの金属器の初現については、1960年代後半からノンノクタ遺跡とバンチェン

遺跡の年代が長い間議論の的になっていた。ノンノクタ遺跡は集落から離れた独立小マウ

ンド上の墓地であり、バンチェン遺跡はマウンドの形成された集落の周縁斜面上の墓地で

ある。この二つの遺跡で採取された木炭と土器片をサンプルとして得られた14Ｃと熱ルミ

ネセンス法による年代測定値に基づき、両遺跡では紀元前3500年頃に青銅器が製作された

とされた。1980年代に入り、未発表であったバンチェン遺跡の遺物の年代値が公表された

が、青銅器の年代はいずれも紀元前1500年以降の数値であり、バンチェン遺跡での金属器

出現が紀元前二千年紀後半にある事が推定出来た。また、東北タイにおけるバンチェン遺

跡やノンノクタ遺跡と同時代の遺跡の発掘調査が増えた結果、紀元前四千年紀という古い

時代に金属器は存在せず、いずれの遺跡においても青銅器が出現するのは紀元前二千年紀

後半以降である事が分かった。ベトナムと同様に紀元前二千年紀後半以降である事が明ら

かとなった。バンチェン遺跡の南西22�qにあるバンナディ遺跡では、６０基の墓が発掘

されたが、最初期の墓から折れた石製腕輪をつなぎ直すために使った青銅針金が出土し、

また同時期の層位から金属片と坩堝破片が出土している。14Ｃによれば、この時期の年代は

紀元前1100年頃である。また加速度質量分析計によってノンノクタ遺跡のサンプルを年代

測定した結果では、ノンノクタ遺跡での青銅器初現は紀元前1100年頃であった。[文献０２]

チ河中流にあるバンチェンヒアン遺跡の全ての層から青銅器が出土したが、その初現は

紀元前二千年紀末であると言う。[文献０４]

バンチェンヒアン遺跡から10�q西にあるバンコノイ遺跡でも同様であった。[文献０４]

同様にタイ中部のロッブリ−県カオウォンプラチャン渓谷の諸遺跡から紀元前一千年紀前

半の青銅器があり、東北タイと同じ頃青銅器製作が始まっていた。タイで初現する青銅器

は、腕輪を除くといずれも柄を差し込むソケットを持つ斧の類である。青銅器鋳造の初期

段階は扁平なものである事が普遍的であるのに対し、中空のソケットを持つ鋳造品の鋳造

には一定程度の技術的進歩が必要である。従って、タイの青銅器製作技術も自生したので

はなく、他の技術移転による結果と考えられる。[文献０２]

２８

今までに発掘されたタイ東北地方の諸遺跡の青銅器文化は、他地域との交渉によって出来

上がったと考えられる。最も可能性が高いのは中国南部とりわけ豊かな青銅器文化のあっ

た雲南、及びベトナム北部であろう。[文献０４]

 

ｃ）その他の地域の初期金属器文化

　カンボジアでもトンレ・サップ湖の東方にあるサムロンセン貝塚から、腕輪、扇状斧、

釣針の他に扇状斧鋳型が出土しており、カンボジアでも他地域と同じく腕輪と斧への指向

がある。またここではシャコ貝製腕輪も出土し、タイ湾あるいは南シナ海沿岸部との交易

があった事を示している。ラオスでもルアンパバ−ン周辺からメコン水系で広く見られる

扇状斧、釣針、槍先などが、またノムマラ−トでも扇状斧鋳型がある。

大陸部に比べ島嶼部での青銅器の出現についてはまだ不明な事が多い。銅鉱はジャワ、ス

マトラ、フィリピンにも分布するが、考古遺物として出土するのはインドネシアでの1式

銅鼓や儀礼用斧など紀元前１世紀頃以降の製品であり、大陸部と比べると青銅器はかなり

遅く受け入れた様である。島嶼部へはマレ−半島を経由して、スマトラ、ジャワの北岸を

経由しながら、インドネシア最東部のケイ、さらにニュ−ギニア島イリアンジャン西部の

チャンドラワシ半島沿岸にまで青銅器である銅鼓が到達している。これは製品の移動であ

って、青銅器製作技術の伝播とは別個の問題である。東南アジア各地に広まった青銅器の

製作は、金属器製作技術に関する情報と技術移転が新石器時代から続く広域間交易ネット

ワ−クに乗って広がった結果である。既に紀元前三千年紀頃から沿岸地域と内陸部とを結

ぶ交易ネットワ−クがあった。内陸部からの交易品については明確ではないが、森林産物

のどれかであろう。沿岸地域からは産物である海産貝、例えばシャコガイ、シンジュガイ、

タカラガイなどの貝類が遠く数百キロも内陸部の集落に腕輪やビ−ズの原料としては運ば

れ、加工された。これらの貝製装身具は死者の腕や胸元につけられてタイ、ラオス、カン

ボジアの墓から出土する。例えばチェンマイ南西100�qの森林地帯の中にあるオブルン遺

跡では青銅針金で補修した海産巻貝の腕輪が出土しており、北タイとベンガル湾、或いは

ピン川ル−トによるタイ湾とを結ぶネットワ−クがあった事を示している。海と河川は

とりわけ重要なネットワ−クであり、これらを経由して各地に金属器技術が広がったと

考えられる。[文献０２]

 

ｄ）銅鉱山と青銅器の鋳造

　紀元前二千年紀末ころ始まった青銅器生産は、雲南から東南アジアにかけて豊富に埋蔵

される地下資源が基盤であった。青銅は銅と錫の合金であり、融点を下げ鋳造しやすくす

るために鉛が付加される場合もある。青銅器の原料となる銅は雲南から東南アジア大陸部、

島嶼部の一帯に、錫はマレ−半島、ラオスにある。銅鉱の採掘は自然銅の採取に留まらず、

露頭の掘削やさらには地中にトンネル状の坑道を掘削して長期にわたって行われた。

２９

東北タイ北西部のノンカイ県プロ−ン遺跡は、メコン中流に面した丘陵斜面上にある。

鉱産資源が集中するル−イ山系の北端に位置するプ−ロンでは、紀元前一千年紀前半ころ

石製ハンマ−を使って、銅鉱石の露頭の採掘と坑道を縦横に掘り進めることによる銅鉱の

採掘を行っていた。さらに鉱山に隣接した場所で鉱石の粉砕と製錬とを行い、また斧の鋳

型が出土していることから製品の鋳造も行っていた。プロ−ンでは採掘、製錬、製品の鋳

造までの一貫した生産態勢が出来ていた。これらの原料や製品はメコンの水運を利用して

移出が行われた。プ−ロン周辺の山の斜面には、一帯に同じ様な鉱石採掘跡が見られ、広

い範囲で銅鉱資源の開発が行われていたと考えられる。

タイ中部ロッブリ−郊外のカオウォンプラチャン渓谷でも、紀元前二千年紀末ころからの

銅鉱石の採掘を行った遺跡が多数分布している。製錬時に生じた銅滓や、坩堝の破片が厚

く堆積した場所が、幾つもの群を成して広い範囲に散在している。その中のノンパワイ遺

跡では銅鉱石を採取し、石製ハンマ−で粉砕、製錬した後、陶製の鋳型で半球状の小さな

ペレット状インゴットを鋳造し、これを銅素材として移出していた。この鋳型は大量に出

土しており、地面に突き刺して固定した鋳型を多数並べ、それに溶銅を流し込んでインゴ

ットを作った。プーロンと同様ここでも斧の石製鋳型があり、製品の鋳造も行っていた。

この様にタイの銅鉱山では、鉱石採掘から製品鋳造までの一連の作業が行われたと同時に

鋳造原料として使いやすい小形のインゴットとして原料供給も行っていた。

カオウォンプラチャン渓谷にあるニルカムヘ−ン遺跡では、金属加工の痕跡を示す灰や鉱

滓などを含んだ薄い層位が断続的に堆積している。この事は銅生産が専業的に1年中稼動

したのではなく、乾季労働としての農閑期の季節労働であった事を示している。

銅鉱山から供給された銅素材は、交易ル−トに乗って各地の集落に供給された。東北タイ

の遺跡からは、陶製の坩堝や、石製や陶製の鋳型がよく出土するが、入手した銅素材を使

った青銅合金の製造や青銅器鋳造が各集落内部でも行われていた事を示している。

バンナディ−遺跡では粘土で作った直径50�pの小形の炉があり、その周辺から青銅片や坩

堝と斧・鏃の鋳型が出土しており、村内で鋳造を行っていた事が分かる。炉も坩堝も小形

であり、小規模の生産態勢であった。農閑期である乾季に行われる季節労働であり、特定

の集団による通年の専業生産ではなかった。[文献０２]

中国では西周代に初めて鉄が実用化され、春秋末から戦国早期（紀元前６世紀〜前５世紀）

に鉄が各地で作られる様になった。中国の鉄の利用法の特徴は、鋳造法が発達していた事

で、そのため農具を鋳造することには適していたが、鋭利な武器を製作するには適せず、

鉄の利用が始まっても武器は青銅で作られていた。

鉄の利用法が長江流域を経由して東南アジアに伝わったのはそれから間もなく、つまり

紀元前５世紀[文献０２]・[文献０３]・[文献０７]・紀元前３〜２世紀[文献０１]・ [文献０４]頃のことで、まず

農具などが鉄器によって置き換えられていったものと思われる。[文献０７]

これから以後、東南アジアでは青銅・鉄の併用時代が続くのである。

３０

ドンソン文化は、ベトナム独自の金属器文化と水稲農耕を基盤として、雲南やタイ東北部

との交渉を通じて、多くの文化要素を受け入れて成立した文化であった。

初期金属器時代最後の段階であり、鉄器時代の幕開けでもあった。

 

４、東南アジア初期鉄器文化の様相

銅の製錬と青銅器の製作と共に、紀元前５世紀[文献０２]・[文献０３]・[文献０７]・紀元前３〜２世紀

[文献０１]・ [文献０４]頃から鉄の生産と鉄器の製作が始まると言う。東南アジアで生産された鉄

は、木炭を還元剤として鉄原料を低温度で還元した直接製錬による錬鉄であり、鉄器は錬鉄

を素材として製作された鍛造品である。これに対して、鋳造鉄器は東南アジアで生産

されたものではなく、当時唯一の鋳造生産地であった中国からの輸入品である。

東南アジアには自力生産した錬鉄製品と、中国からの輸入品である錬鉄製品及び鋳鉄製

品の三種類の鉄製品があると言う。[文献０２]

 

ａ）ベトナムの初期鉄器文化

ベトナム北部ではドンソン文化期に鉄器が普及してくる。鉄刃に鋳造した銅柄を付けた

短剣が墓の副葬品としてあるほか、Ｕ字形のスコップ先、ソケット斧、鍋、ナイフなど

がある。スコップ先や鍋はいずれも前漢〜後漢の中国で製造された鋳造品であり、ベト

ナム北部には漢代の鉄器が輸入されていたようである。

ドンソン文化とほぼ同じ頃に、ベトナム中・南部にはサーフィン文化と呼ばれる別の

鉄器文化があった。トゥアティエン省、クアンナム省、ダナン市からホ−チミン市に

到る海岸地帯にサ−フィン文化の遺跡が分布している。サ−フィン文化の遺跡は居住

遺跡は殆ど発見されておらず、調査されたのは主に墓地である。サ−フィン文化の墓は

土器を棺とし、幾つもの土器棺を縦置きにして纏めて埋葬している。槍先、ナイフ、釜

などの鉄器のほか、青銅器や石製・ガラス製・貝製の装飾品などが副葬される。

サ−フィン遺跡や、クアンナム省、ダナン市のタムミ遺跡から出土した突起の付いた石

製耳飾り（所謂玦状耳飾り）や、動物の頭が両側に付いた石製の耳飾り（双獣頭耳飾り）

は、ベトナム中・南部の他に、タイ西部沿岸地域のバンドンタ−ペット遺跡やウトンな

どから、フィリピンではパラワン島のタボン洞窟群などからも、さらに台湾東海上の蘭

嶼でも出土しており、南中国海を巻き込んだ東南アジア域内での広域交流があった事を

示している。中部ベトナムのホイアン市のアンバン遺跡、ハウサ遺跡からは多数の甕棺

が砂丘から纏まって発見された。甕棺の外側に沈線文に赤彩された美しい高杯が副葬さ

れ、内部には鉄製ナイフやビ−ズが副葬されていた。近年ホ−チミン市の海に近いマン

グロ−ブの低湿地で発見されたゾンフェ遺跡とゾンカ−ヴォ遺跡（紀元前２世紀〜２世

紀頃）からは石やガラス製の耳飾りと共に、インド製の貴石やガラスの玉類が大量に出

土し、サ−フィン人が広い範囲で海上交易に従事していた事を推測させた。農耕適地と

３１

は思えない場所にこうした遺跡がある事は、交易による社会があった事を推定させる。

 

ｂ）タイの初期鉄器文化

バンチェン遺跡の南西22�qにある埋葬遺跡・バンナディ遺跡の第7層から上の層から鉄器

が出土している。最下層の第8層からは青銅器や青銅器鋳型に使った坩堝が出土した。

これらの層はバンチェン遺跡の第�W期と対比されるが、14Ｃ年代法によれば第8層は1200

±180Ｂ.Ｃ.であり、第7層は650〜420Ｂ.Ｃ.の範囲と言う。またチ河中流にあるバンチェ

ンヒアン遺跡でも鉄器の出土層は600〜300Ｂ.Ｃ.と言う。これらの年代は東南アジアでの

金属器が最初に登場したと言うベトナム北部の地に、鉄器が出現するドンソン文化期

（紀元前４世紀又は紀元前３世紀〜）よりかなり古い。後ほど検証してみたいと思う。

 

鉄器文化の伝播は東北タイやラオスなどの平野地帯にも大きな変化をもたらした。

東北タイやラオスの平地部は赤く、粘り気の強いラテライト土壌で、鉄分が多く含まれて

いる。ラテライトの鉄分がイオン化して、粘土粒を核として酸化鉄皮膜を形成して出来た

鉄ノジュ−ルと言う。この地域で鉄器の製作・利用が始まったのは紀元前３世紀頃からで

[文献０２]（紀元前３世紀頃迄に[文献０４]）、その際にこうして生じた鉄ノジュ−ルを大量に集め

て原料とし、製鉄を行う技術が開発されたのである。　

錬鉄生産は東北タイで集中的に行われていた。ム−ン川とチ−川の流域には製鉄を行って
いた事を示す鉄滓が多く見られる。ム−ン川中流域の環濠集落、バンドンプロン遺跡では

環濠のすぐ内側、居住域の外側から紀元前３世紀〜前２世紀ころの製鉄炉が17基出土した。

これらの炉は地下に粘土を貼って作り、直径、深さ共に30�p程度の小形の円筒形炉である。

地上には粘土の円筒が立っていたと推定出来る。炉には粘土製の鞴羽口が挿入され、ピス

トン鞴から竹製パイプにより送風されたと想定出来る。炉内に残った未還元の素材から、

コラ−ト高原に無尽蔵にある鉄ノジュ−ルを原料とし木炭を燃料・還元剤とした小規模な

錬鉄生産を行っていたと推定出来る。炉一基あたりの生産高は少なく、おそらく一回の

稼動で数�s程度であろう。一般に鉄原料とされるのは鉄鉱石と砂鉄である。鉄鉱石産地は

東北タイ北部のル−イ山系とカンボジアのアンコ−ル北東部であるが、運搬するには遠距

離すぎる。そのため鉄原料は近辺で最も入手しやすいものを使って製鉄を行っていた。

バンドンプロン遺跡は鉄鉱石産地から200�qも離れており、鉄鉱石の運搬は困難である

ため、身近かにある大量に入手出来るこの鉄ノジュ−ルを使っていた。

プ−ロン遺跡では鉄鉱石と鉄滓が散布している。銅の他に鉄鉱石を原料とする鉄を産出し

ていた。小規模な製鉄工房がム−ン川、チ−川流域で多数稼動する事によって、地域全体

としての鉄生産量の増加につながったと言える。製鉄工房で生産された鉄素材は精錬過程

で分割され、同じ集落内で製品に加工され、またインゴットとして消費地へ輸送されたと

推定される。

３２

タイ西部カンチャナブリ県の紀元１世紀頃と推定されるバンドンタ−ペット遺跡から、

土器や青銅製の装身具と碗、それに籠に入ったニワトリの青銅小像の他に、槍先や鏃など

の武器が鉄器化して出土している。利器は完全に鉄器化しており、この時期にはかなりの

量の鉄器が普及していたと考えられる。ウボンラチャタニ県カ−ンルアン遺跡では大きな

マウンドの周辺部から数百の土器棺が出土した。青銅製装身具や鉄製武器・工具・ガラス・

ビ−ズなどを副葬品として納めていた。

 

ラオスのジャ−ル平原と呼ばれる東北部高原地帯には、シェンクアン県・バンアン遺跡、

ラッセン遺跡を始めとして、巨大な石塊を刳りぬいた壷形の巨石が群集する遺跡がある。

そこからは火葬骨や青銅装身具、土器と共に鉄製ナイフが出土している。紀元前後頃より

はるかに下る時期と思われる。[文献０４]　　シェンクアン盆地はベトナムと雲南やタイとを結

ぶ古くからの陸上通路の拠点である。

 

ｃ）その他の地域の初期鉄器文化

　マレ−シア・カリマンタン島サラワクのニア洞窟遺跡は、海岸から16�qの位置にある

石灰岩丘にあり、前面の川から絶壁が31m延びていて、開口部の広さは10,5ha（幅244m,

高さ61m）と言う、普通の洞窟のイメ−ジとは、はるかに越えた存在である

この遺跡の最下層の紀元前4万年以前と言われる層から、紀元後700年頃の鉄器出土まで

の層が層位的に検出されている。青銅器が見られるのは紀元前250年頃とされる。[文献０４]

 

前述した様に、大陸部に比べ島嶼部での青銅器の出現についてはまだ不明な事が多い。

銅鉱はジャワ、スマトラ、フィリピンにも分布するが、考古遺物として出土するのは

インドネシアでの1式銅鼓や儀礼用斧など紀元前１世紀頃以降の製品であり、大陸部と

比べると青銅器はかなり遅く受け入れた様である。島嶼部へはマレ−半島を経由して、

スマトラ、ジャワの北岸を経由しながら、インドネシア最東部のケイ、さらにニュ−ギニ

ア島イリアンジャン西部のチャンドラワシ半島沿岸にまで青銅器である銅鼓が到達して

いる。これは製品の移動であって、青銅器製作技術の伝播とは別個の問題である。

銅鼓は儀礼的要素を含み、楽器としての役割をかなり長期間継続していた様だが、中部

ジャワのプラワンガン遺跡での銅鼓墓の出土状況からは、楽器以外の使用が示唆される。

青銅器文化は、当初から銅鼓と言う精神文化を大きく取り込んだ器物の伝来の形で進展し、

鉄器は銅斧とほぼ同時に齎されている。銅斧は銅鼓と並んで重要な青銅器で南スラウェシ

からジャワ、バリ、北スラウェシまでカリマンタンを除く各島で合計50個以上が発見され

ている。鉄器の記録が殆どないので、同時に入って来たと言う銅斧の出土から類推せざる

を得ない。銅斧は祭祀遺跡からの出土、鋳型での出土と墓への副葬品としての出土がある。

巨石文化と言われる墓や記念物そして信仰の遺跡があるが、金属器と密接な関係で発見さ

３３

れる。その中に銅斧がある。バリ島のチャチャンの舟形石棺、東ジャワのトゥバンの箱式

石棺に副葬されている。中部ジャワのグヌン・キドゥル地方の箱式石棺は、鉄製品を多く

伴った集団墓である。[文献０４]

 

フィリピンのネグロス島・マゴシュホット遺跡とカラミアネス諸島のペノン・デ・コロン

の洞窟からは鉄製品のみを伴出する。また青銅製品・鉄製品を伴出するものとしては、

マテバス島のカラナイ洞窟があり、青銅品・鉄製品・金製品・銀製品・銅製品・鉛製品を

伴出するものとしては、ルソン島ノバリチェス地区のＡ，Ｃ，Ｈの三遺跡がある。[文献１４]

北部ルソンのカガヤン川西岸のサン・ロレッソ貝塚の第２層からは、鉄滓が中国青磁と共

に出土しているが、鉄生産に関連する遺構は見つかっていない。[文献１８]

パラワン島・タボン洞窟群中のマヌングルＢ室において、鉄器を含む文化層が明らかに

なり、その木炭による14Ｃ年代測定値は2140±100Ｂ.Ｐ.と言う。鉄器の製作が行なわれた

か、あるいは鉄器そのものの他地域からの搬入であったかは不明である。[文献１７]

ルソン島南部・カマリネス・ノルテ州のヴィンゾン市アグイト＝イトに所在するアグイト

＝イト遺跡は海岸から2�qほど離れた砂地にある開地の甕棺葬遺跡であるが、無文土器と

少数の押文や刻文のある土器片・ガラスビ−ズと共に、腐食した鉄製品が出土したと言う。

鉄器時代は紀元前200年〜紀元900年とされる。[文献１３]

フィリピン中央部の、所謂ビサヤ地域の初期複合社会を代表する遺跡は、金属器、特に

鉄器を多く出土している。有名なのは、ネグロス・オリエンタル州のソラミロ遺跡である。

マグスホット又はバコンとも呼ばれるこの遺跡は、ネグロス・オリエンタル州の州都、

デュマゲテ市から海岸沿いに約800m南に位置している。遺跡は紀元前200年から紀元

900年と年代付けられていて、長期間人々によって利用されてきたと考えられている。

鉄器は刃器の類で、現在でも農民が使用している「ボロ」と呼ばれる刃部5〜15�pのナイフ状の物

が多数出土している。ビサヤ地域におけるその他の鉄器を出土する類似した遺跡は、マテバ
ス島に見られる。ここでは大型ナイフ、槍先、刃または「ボロ」などが出土しているが、

時代的にはソラミロ遺跡と大体同時代と推定されている。この遺跡では「金くそ」が出土

しており、この地域では鉄器生産が行われていた事が分かる。ミンダナオ島からも多くの

鉄器があり、これらの鉄器は刃器類が主体を占めており、形態はソラミロ遺跡の物と類似

している。パラワン島では、大型槍先、ナイフ、ノミと言った鉄器類が発見されている。

両島とも時代的にはソラミロ遺跡と大体同じ頃と推定されている。[文献０４]

 

 

 

 

 

３４

５、検　証

　はじめにでも述べた様に、各地の初期鉄器文化の初現時期については定かではない。

またそれに至る、各地の概略の足跡を辿ってみたが、やはり諸説あり疑問は解けない。

自生した文化なのか？隣接する地域からの伝播なのか？それらの時期は何時頃なのか？

肝心な点は良くわからない。最後に自分なりに検証してみたい。

東南アジアにおいて初期鉄器文化を花咲かせる事が出来る地域と言えば、やはりベトナム

北部と東北タイしかないと思う。また初期鉄器文化を考える場合は、当然それに先行する

青銅器文化を考察する事が肝要であると思うが、その青銅器文化の中のどの時点で、自生

であれ、伝播であれ、鉄と遭遇するかは一概には決められない。

「タイ東北部・バンチェン遺跡の近くの埋葬遺跡、バンナディ遺跡の紀元前６５０年〜

紀元前４２０年の範囲とか、ノンチャイ遺跡の紀元前３００年〜紀元２００年、又バンチ

ェンヒアン遺跡では紀元前６００年〜紀元前３００年頃の層からの出土と、それぞれ14Ｃ

年代による測定値は示していると言う [文献０４]。」と記した。早い段階であれば、紀元前

7世紀のことである。これは自生か？伝播か？また時期は正しいか？検証してみよう。

 

まず自生の問題だが、もしバンナディ遺跡の紀元前６５０年〜紀元前４２０年の範囲とか、

バンチェンヒアン遺跡での上限が紀元前６００年頃という年代が正確であるとすれば、

この地において自生したと考えられる。何故ならば、文化交流が認められるベトナム北部

においても、また更に先進的な中国・雲南においても、その時期鉄器文化は見当たらない

し、可能性としてあるかもしれないインド方面においても、ガンジス河中上流域のハステ

ィナ−プラ遺跡での鉄器文化は、紀元前6世紀初頭からと言われ、少し下流にある中流域の

アトランジ−ケラ−遺跡からは紀元前一千年紀前葉の段階で鉄器が出土しているが、後に述べる

時期まで文化的交流の形跡は無いので、時期・伝播ルート、共に考えられないからである。

しかし既に述べてきたように、鉄器文化に先立つ青銅器文化は、稲作農耕と共に中国西南

部から齎された。その中国に先立って製鉄の技術がこの地に芽生える必然性が認められる

か？いずれの先進文化地も、初期金属器文化、初期鉄器文化に至るには、その社会的背景

があるが、ここタイ東北部に中国やインドの様な社会発展段階を、その時期認められるか？

少なくとも現在迄の考古学的成果からは、それを認めることは出来ない。自生し得る可能

性があると考えられるところは、タイ東北部の自前の“鉄ノジュ−ル”を原料として錬鉄

生産を行っていた、紀元前３世紀〜前２世紀ころのバンドンプロン遺跡で、青銅器生産の

生産技術をヒントに鉄生産を考え付いたのではないか？と思えるが、しかしそれ以前の

青銅器文化段階で、ベトナム北部や中国・雲南や嶺南との関係が既にあった事は明らかで、

「タイとベトナムは紀元前５世紀頃以降に、メコン川や紅河を通じて雲南との交渉を持ち、

銅鼓を受け入れたのであろう。『漢書』地理史には雲南は多数の小政治集団に分かれており、

夜郎、滇（てん）などの国の下に王が統括する多数の部族が居た事が記されている。

３５

これと同じ状況はベトナム北部でも東北タイでも存在した」・「今迄に発掘されたタイ東北

地方の諸遺跡の青銅器文化は、他地域との交渉によって出来上がったと考えられる。最も

可能性が高いのは中国南部とりわけ豊かな青銅器文化のあった雲南、及びベトナム北部で

あろう」、と前述してきたことからも自生説は否定的にならざるを得ない。

但し身の周りにある“鉄ノジュ−ル”を“鉄”の原料と考えた事には独自性を認め得る。

 

次に伝播とその時期の問題について検討したい。「鉄の利用法が長江流域を経由して東南

アジアに伝わったのはそれから間もなく、つまり紀元前５世紀[文献０２]・[文献０３]・[文献０７]・紀元

前３〜２世紀[文献０１]・ [文献０４]頃のことで」、と記述してきた。この事から検討していきたい。

長江流域を経由してとは、雲南方面か或いは広西方面とが考えられる。まず雲南方面から

考えて見たい。メコン河（東北タイ）・紅河（ベトナム北部）の上流域に位置した雲南省に

は、滇（てん）池を中心とした地域に前漢時代前期？に成立した、文化的に先進的な滇（て

ん）王国があり、その下流域の両地域との間に河を通じての交流があった。この滇王国の

王墓が、晋寧県の石寨山遺跡である。ここから銅鼓・貯貝器などの固有文化の青銅器に混

じって、「滇王之印」蛇鈕金印・内行花文星雲鏡や五銖銭などの前漢青銅器、それに鉄器が

出土した。石寨山遺跡は紀元前４世紀[文献０１]或いは紀元前３世紀[文献１８]から紀元１世紀頃

の墓地遺跡である。滇国青銅文化が繁栄した段階では鉄器は少量であるが、早期の鉄器に

は刃の部分は鉄だが柄や銎部は青銅製で、常見出来る鉄と銅の合成品は銅柄鉄剣・銅銎鉄

矛・銅銎鉄鑿・銅柄鉄錐などの他、柄部、銎部ともに純鉄製と見える鉄剣・鉄刀・鉄斧・

鉄削・鉄鋤・鉄爪鎌等が合計200余件、その内銅柄鉄剣が最も多く50％前後ある。この

早期鉄器の出土は滇池区域の晋寧石寨山が最も多く、僅かに江川李家山、呈貢石碑村、

呈貢天子廟、安寧太極山、東川晋東河及び曲靖八塔台などの滇王墓地に見出す。[文献０５]

滇国の最早期のこの様な鉄器は在地製なのか輸入品なのかとの論議があったが、前漢中期

以後の製品であり、四川省・汶川県の石棺墓中に石寨山に極似した銅柄鉄剣や漢の文帝の

四銖“半両銭”が 共伴、石寨山早期の時代である事から、滇国の早期鉄器は四川省にその

起源があるとされた。しかし以前の中国考古学会の通説であった滇国の鉄器使用の最早期

は前漢中期で、前漢晩期から後漢初期にその数量が多くなるとされてきたが、滇池区域や

その周辺地区から、最近前漢中期よりも古い新資料が発見されている。江川李家山21号墓

出土の銅柄鉄剣一は、剣柄が扁平の実心体を為し、柄上に細かい螺旋文があり、剣格は

山字形を為し、山字の中間には長くかつ直な一筆がある。両側は湾曲し剣刃は鉄製のため

前半段が残り、銅柄部分の長さは26,6�pである。江川李家山古墓群の報告では21号墓は、

戦国晩期とされている。14Ｃ年代では2500±105年Ｂ.Ｐ.約紀元前5世紀とされた。[文献０５]

呈貢天子廟では滇国古墓44基が発掘され、その内41号墓は最大規模で、青銅器が多数出

土、銅鼓一面の中から鉄削一が有った。14Ｃ年代ではこの中の木槨標本が2290±70年

Ｂ.Ｐ.兵器木柄では2280±120年Ｂ.Ｐ.の測定値が出た。戦国中・晩期に相当する。[原文]

３６

前漢中期以後滇国の鉄器数量は増大する。当時、滇池区域の大墓には少なからず鉄器が

副葬され、中・小墓にも時には少量の鉄器があった。かつ大部分の純鉄器、銅鉄合成器は

消失に至るまで減少していった。この一時期鉄器の品質も早期の鉄器と比べて大きく向上

し、僅かではあるが高炭鋼のものが出現したばかりでなく、少量の鉄器は高温液体の鋳鉄

の可能性がある。[文献０５]　　　滇国での鉄器の数量が増加し、品質が向上した根本原因は１に、

戦国時代から前漢中期の　滇国の“塊錬鉄”は前漢後期には既に“塊錬鋼”まで発展した事

である。“塊錬鋼”とは別名“塊錬浸炭鋼”と言い、塊錬鉄を幾度も熱を加え鍛打する事に

より、不純物を除き含有する炭素量を増やし、機械性能を『柔』から『剛』に変化させる。

その強度は塊錬鉄より３倍も強く、使用価値も塊錬鉄をはるかに超える。

その根本原因の２は、当時既に初期の高温液体の鋳鉄生産技術をマスタ−していた事に関

連する。鋳鉄の炭素含有量は多く硬度が増し使用価値は高まる。さらに１つ1つ鍛打して

作る鉄製品より鋳型を使い成形しやすく、又一度に沢山生産出来るので、生産効率を引き

上げるだけでなく生産コストも引き下げる。青銅器時代から鉄器時代に変わる条件である。

[文献０５]

先に銅鼓の波及が、「戦国時代後期、紀元前４世紀頃[文献０２]・紀元前３世紀頃[文献０４]から、

雲南東部の滇池周辺で文様が複雑化し、すぐさまベトナム北部に波及、銅鼓製作の中心地

となり、紀元前４世紀〜紀元２世紀のヘーガ−�T式へと発展していく」と述べたが、この

時期銅鼓と共に“鉄器”が共に伝播されたと考えられる。ベトナムではドンソン文化から

中国的鉄器と共に銅柄鉄刃の槍先が出土している。この事からベトナム北部での初現期の

鉄器は、雲南からの紀元前４世紀頃[文献０２]・ [私見]・紀元前３世紀頃[文献０４]頃の伝播品で

ある事が推測される。タイ東北部においても、雲南やベトナム北部と共通した銅柄鉄刃の

鉄器が見出される事は、時期をおおよそ同じくして伝播されたものと思われる。

 

金属製農耕具としての鋤は、紀元前3世紀にハ−ト形雲南系青銅鋤は、それより少し遅れ

て規格化と量産化が進んだ漢系鉄製鋤が、共にベトナム北部・中北部に現れるが、漢系鋤

の登場は前漢武帝の南越征服に始まる中国による広州及びベトナムの支配に関連している

と考えられる。この事から農耕具類は、雲南・広西両方面からの伝播の可能性が考えられ

るが、広西壮族自治区方面からの伝播の事実に関しては資料的にはよく分からない。

 

次に南アジア・インド方面からの影響について検証してみる。

はじめにで、インド・ガンジス河流域の鉄器は、その中流域アトランジ−ケラ−遺跡から紀元

前一千年紀前葉の段階で鉄器が見出せると言うと記した。この地域の“鉄”がタイ東北部に

伝播したものであろうか？或いは時代は降るがさらに上流域のハスティナ−プラ遺跡第�V期

（紀元前6世紀初頭〜前3世紀初頭）の鉄器が伝播したものであろうか？

インド地域に鉄が到達するまでの経過について、簡単に纏めておきたい。

３７

小アジアにおいて“鉄”は紀元前3000年紀の終末以前に知られていたが、その鉄は隕鉄

であっただろう。その後紀元前1400年頃に鉄の製錬の知識は大幅に改良され、その後200

年間、ヒッタイト人は技術工程を掴んだがその工程は秘密にされた。そして紀元前1200年

ヒッタイト帝国滅亡と共に、鉄の加工が西アジア、コ−カサス、東及び中央ヨ−ロッパ等

に拡がり始めた。それでも紀元前2000年紀の終末のイラン高原は、鉄はまだ一般的では

なかった。紀元前1200年にはイラン高原では次第に鉄は青銅にとって替わり、ルリスタン

の墓や、シアルクのネクロポ−ルＢなどに現れている。しかしシアルク�Wの時代になって

も、彼らの埋葬物には鉄より青銅器の方がはるかに多い。

紀元前12世紀から9世紀にかけて青銅は鉄にとって替わられ、紀元前800年には東ヨーロ

ッパと西アジア全域にわたって鉄器時代がやってきた。この金属加工発展の背景がインド

への鉄の導入にどの様な影響を及ぼしたか。相継ぐアーリア人の侵略によるか？[文献１１]

これ以前カシュミ−ル地方を含むインドのいくつかの地方が未だ新石器時代を経ているうちに、

インダス河とその支流、またその一部をなしたガッガル＝ハ−クラ−川の流域、グジャラ−ト地方の

一部などでは、華々しい都市化の過程をみて、やがて今で言う“インダス文明”を形成する。およそ

紀元前2500年〜前1700年にわたる。その紀元前2千年紀に属す後ハラッパ−期に金石併用諸

文化を迎えるが、やがてこれらの文化は紀元前一千年紀の初頭に鉄器を使用した文化にとって変

わられ、インドは紀元前1000年頃までに鉄器時代を迎える。南インドでも新石器＝金石併用文化

は、やがて鉄器を用いた巨石文化にとって変わられ、さらにそれは歴史時代と重なることとなる。

半島部インドには初期鉄器時代の様々な巨石建造物（特に墓）が存在する。[文献０８]

その分布は半島部・半島部外（ジャンム−＝カシュミ−ルを含む北インド全域）・ヴィンデ

ィヤ−山麓・そして北東地域の４つの地域に加え、亜大陸北西部縁辺に位置するバロ−チ

スタ−ン及びバロ−チ側・イラン側の両マクラ−ン地方にも別の一群としてある。

この一群にはザンギヤ−ン、ジ−ワンリ−、ムガル・グンダイ等に代表される様な積石塚

が見られ、黒色彩文で一連の渦文や螺旋文が描かれた赤色土器や鉄器の使用、ウマの家畜

化などを特徴にする。しかし巨石墓の殆どは半島部に集中していて、その立地条件は様々

である。大きな溜池の近くに建てられる地域もあれば、封土が薄く石組みが露になった

乾燥地帯、またモンス−ンの影響を受けるラテライト地域もある。その分布は、この様な

地理や地形上の条件だけでなく、鉄や金などの産物が入手可能か、或いはその産地に近い

かどうか、にも左右される。例えばマハ−ラ−シュト州ヴィダルバの巨石墓なども、未精

錬の鉄や石炭、マンガンが豊富に得られるバンダ−ラ−、ナーグプル、チャンドラプルの

諸県に集中している。良質の鉄鉱の産地として知られるカルナ−タカ州北部のホ−スペ−

ト地方もその点では同じである。またマスキ−やクッパトグッダ山脈などの古代金鉱の場

合もこれに当てはまる。半島部の巨石文化を特徴づけるものとして、その色合いから黒緑

赤色土器と呼ばれるものと、鉄器の豊富な使用がある。鉄器に関して言えば、器種は武具

から日用品まで多岐にわたり、剣、短剣、カエリ付き及び通常の鏃、槍、凸縁付きの槍、

３８

たすき状の帯付きの平斧、ノミ、平鍋、皿、柄杓、ランプ、三叉の矛、釘、鎌、鍬など、

極めて多様である。マフルジャリやポチャムペ−ドの例では、鉄の短剣に銅製の柄が付け

られていた。この巨石文化を担った人々は、最初期のドラヴィダ語系の諸民族と言う説や、

ア−リア人に求める説もある。この説はシアルク�Y期（紀元前1000〜800年頃）のＢ墓地

文化を含む、コ−カサスやルリスタ−ンの馬を中心にした初期鉄器時代の墓と、南インド

の、殊に舷窓（板石にあけた丸い穴）をもつ墓との関連を論じている。この他「海路を通

じて地中海地方から齎された」とする説もある。南インドの巨石文化は、紀元前一千年紀

を通じてほぼ1000年の間継続したものと考える事が出来る。カルナ−タカ州のハッル−ル

での、およそ紀元前1000年の値、その年代は巨石文化が始まった時期と、南インドにおけ

る鉄の使用の開始の２点を示している。この南での鉄の使用の開始年代は、亜大陸の北部

や北西部の他地方の遺跡から得られた14Ｃ測定値ともほぼ一致を見せ、紀元前1000年〜前

700年頃にかけて鉄が導入された事がわかっている。尚この　巨石文化の終末は、ブラフマ

ギリの発掘によって紀元1世紀の半ば頃と分かった。[文献０８]

ガンジスとサトラジ両河中上流域にある、『マハ−バ−ラタ』の伝承上の首都ハスティナ−プラ

の第�U期（紀元前1100〜前800年頃）の後期の層から鉄の熔滓の小片が出土しているが、第�V期

（紀元前6世紀初頭〜前3世紀初頭）には多量の様々な鉄器が出土するようになる。[文献０８]　

さらに少し下流にあるアトランジ−ケラ−遺跡からは紀元前一千年紀前葉の段階で、鉄鏃、槍先を

中心とした武器類と鎌を主体とした農具、斧・手斧を中心とした工具類、火バサミ状道具などの

日用品が出土している。[文献０１]　　 ガンジス河中流域のアラハバ−ド北西36�qの左岸に位置

する、『ラーマ−ヤナ』の物語に関わる重要な地での調査で発掘された、シュリンガヴェ−ラプラ遺

跡の第�V期(紀元前700〜前200年頃)は、土器（ＮＢＰ土器と言う）の編年で3期に分けられるが、

その全体にわたる遺物として、銅製容器、素焼きの女性土偶や土玉、貴石や金、あるいは素焼き

のビ−ズ、瑪瑙や玉髄製の円筒形の錘、骨針、鉄器、銀・銅製の打製貨幣などがある。[文献０８]

鉄器導入期にあたる紀元前一千年紀前葉の鉄器生産の様相は判然としないが、紀元前一千年紀

後葉には鉄器生産は確実に高揚し、ヒマラヤ山脈南麓の都市・マヘ−ト遺跡や中央インドの都市・

ウッジャイン遺跡では、遺跡北半分において半貴石製玉・ガラス玉の製作と共に鉄器が集中的に

製作されていた。また紀元一千年紀前葉のタクラシ遺跡では、鉄器の容器や工具などの様々な

日常用具が出土しており、鉄器が生活の諸々の分野に普及していた事が知られる。[文献０１]

 

なおこの南インドの巨石文化が東南アジアに伝わっているだろうか？

ラオスのジャ−ル平原・シェンクアン県の壷形巨石文化は火葬された骨の納骨だからインドの文化

とは違うし、時期も紀元後の遺跡だから“インドからの鉄器文化”の影響はないと言えるだろう。

群島部の巨石文化については、インド文化・ヒンズ−教の影響が認められ、南インドの巨石文化と

の関連もあると思うが、時期も鉄文化も共に検証しているテーマには関係ないと言える。

 

３９

ベトナムでは、「ホ−チミン市の海に近いマングロ−ブの低湿地で発見されたゾンフェ

遺跡とゾンカ−ヴォ遺跡（紀元前２世紀〜紀元２世紀頃）からは石やガラス製の耳飾り

と共に、インド製の貴石やガラスの玉類が大量に出土し、サ−フィン人が広い範囲で

海上交易に従事していた事を推測させた。」と記した。少なくともこの地方は紀元前

２世紀頃にはインドとの交易があったようだ。“鉄器”も交易品であったかも知れない。

 

タイの鉄器時代の遺跡として、タイ西部カンチャナブリ県にある、紀元1世紀頃と推定

されるバンドンタ−ペット遺跡がある。この遺跡から土器や装身具と碗、それに籠に入

ったニワトリの青銅小像の他に、鉄器多数があり、斧などの工具や土掘り具などの農具、

槍先や鏃などの武器が鉄器化している。利器は完全に鉄器化しており、この時期には

かなりの量の鉄器が普及していたと考えられる。ニワトリ像や紅玉髄製の管玉、及び紅玉

髄製のライオン像などはインドから輸入されたものである。とりわけ、青銅器はインドの

インダス下流地方やベンガル地方に特有のノブド・ウェアと呼ばれる底部内面に円錐形の

突起を付け、それを取り巻く形で同心円文様を施した青銅碗である。

これらの事実は紀元1世紀にタイ西部とインド東部や南部との間に深い交流があった事を

想定させる。インドとの関係が既に成立していた事は、タイだけでなく、インドネシアの

ジャワやバリからインドの土器である多数の回転文土器が出土している事からも分かる。

東南アジア各地にインド人の居住地が作られるまでになっていた。[文献０４]

これ以前のインドとの関係を示す資料は見当たらない。伝播した地域がベトナムとしても

紀元前７世紀頃、タイ東北部に見られるという鉄はインドからの伝播ではないと言える。　　　　　　　　　　　　　

 

この時期東南アジアは大きな変動の時代を迎える。これまで見てきた様に、水稲農耕社会
になると社会の内部に社会的格差が生じてくる。この社会的格差、階層差がさらに顕著に
なってくるのは、金属器が使用される社会になってからである。これは東南アジアの内部
からの社会変動の要因であるが、一方同時に中国を中心とするアジアの通商・外交関係が
成立したことが外的要因として大きなインパクトになった。

これらの内的・外的要因は、各地に民族的覚醒と共に初期国家形成への動きを誘引する。

東南アジアにおける王権は、この文化の過程で成立する。

 

６、東南アジア各地初期鉄器文化時の社会様相

　東南アジアが初期鉄器文化を迎えるのは、おおよそ紀元前4世紀頃と思われる。

この時期、各地域の社会はどの様な様相だったのだろうか？

 

ａ）ベトナム北部の王権成立の動き

　ベトナム北部で王権が成立してくるのはドンソン文化の時代である。

４０

ドンソン文化は考古学的には紀元前3世紀から紀元1世紀のベトナム北部の金属器文化で

ある。[文献０１]　　この時代の北部社会で初期王権が成立していく過程について、考古学はドンソン

文化期の墓葬や�T式銅鼓の出土の分析などにより明らかにするが、そのことは文献からも窺い

知ることが出来る。既に銅鼓の記述の中で一部を述べたが、６世紀に書かれた『交州外域記』や

『広州記』などの文献資料によれば、貉田農耕という農法による水稲農耕社会を基盤とした

初期国家が形成されていたと言う。その社会は雒王という王を頂点とし、貉候、貉将と

いう支配階層がおり、その下に雒民という一般階層がいる階層化社会であったと言う。

これは文郎国（ヴァンラン国）と呼ばれる伝説の時代で、雒王は18代続いたが、紀元前257

年に安陽王（アンズン王）が文郎国を併合して甌雒国（アウラク国）を建国し、平野部に

中心を移し古螺城（コーロア城）を建設して王都とした。その後、秦末の混乱期に乗じて

紀元前208年に自立した趙佗の南越王国によって、紀元前179年甌雒国は滅ぼされ、ベト

ナム北部は南越の支配下に置かれた。南越は紀元前111年に前漢によって滅ぼされたため、

ベトナム北部は漢の直轄支配に組み込まれ、交趾郡、九真郡、日南郡などの郡県が置かれ

た。ベトナム北部においては、紀元前３世紀頃から銅鼓を典型的な威信財とし、その他様々

な金属器を加えた厚葬墓が出現する事から窺える様に紀元前３世紀頃から階層分化が顕著

になり、初期王権への萌芽が生まれてきた。

北部社会の各地に見られる厚葬墓はそのような階層化社会が各地に生まれてきた事を示して

いる。しかしベトナム人自身による王権成立の芽は、南越や漢の植民地化により摘み取ら

れてしまい、その後続けられた抵抗運動の甲斐も無く、植民地支配機構の下部組織に組み

込まれていく。[文献０１]・ [文献０７]　　そして在地民族による国家成立は、再びファム・フィ・トンに

よる「ベトナム考古学の時代区分」によれば、ベトナム国民を構成する民族複合体の主体をなす

民族であるベト族の固有の文化と歴史と断わりながら、第６の時代即ち１０世紀から１９

世紀の中頃における「独立君主時代」の１０世紀を待たなくてはならなかった。[文献１６]

 

ｂ）ベトナム中部の王権成立の動き

　南越は紀元前111年に前漢によって滅ぼされたため、ベトナム北部は漢の直轄支配に組

み込まれ、交趾郡、九真郡、日南郡などの郡県が置かれたと記した。しかし漢王朝の支配

圏が及ばない日南郡の南には、都元国があったと『漢書』地理志は言う。前漢期における中国人

商人による南インドとの交易の記録であるが、多分河川流域を拠点とし交易を支配した在地首長

による小王権であったと思われるが、詳細はよく分からない。２世紀初めに起こった後漢の政治勢

力伸張と、中国市場における熱帯産物の需要の拡大が、ベトナム中部の在地勢力に刺激を与え、

２世紀には「国」を形成する運動が始まる。190年代に至ってサ−フィン文化を基盤とする土着勢力

である初代王・区連（漢人官僚の下部組織の構成員・後漢の郡の属吏である功曹という下級役人）

が、インドとの交易を通じ勢力を蓄え、象林県の中国人県官を駆逐し王となった。

即ち「林邑」（サンスクリットで「チャンパ」と呼ばれる）の誕生である。

４１

ベトナム中部フエ地方に拠った林邑は、次第に発展する南シナ海ル−トの中継港として、また特産

物の収集輸出基地として東南アジア東部の中心として成長する。林邑はクアンナム省・チャキュウ

を中心とする都市国家連合であり、チャキュウの首長が「王」を名乗って中国と通交したが、各地の

港市には「夷師」と名乗る首長がいて其々「国」を成していたが、230年代に新王の苑文により統一

された。４世紀後半には、チャキュウ地方にサンスクリット名を「バドラヴァルマン」という王が登場し、

ミソンにおいて初めてサンスクリットの碑刻文を刻み、シヴァ神バドレシュヴァラに捧げる寺院を建立

している。[文献０１]・ [文献０２] ・ [文献０３]

 

ｃ）ベトナム南部の王権成立の動き

　ビエンホア郊外、緩やかな起伏のある低丘陵に位置するハンゴン遺跡は、大型石室墓で

あるが銅戈が出土したと言う。この銅戈は漢代の銅戈の特徴をとどめたもので、この遺跡

の年代も紀元前２世紀から紀元１世紀頃と推定し得る。ハンゴン遺跡から10�q東の丘陵に

あるロンザオ遺跡からも多くの銅戈が出土している。これらの銅戈は有力者の権威と富を

象徴する威信財として、ベトナム南部の在地社会に受け入れられたと考えられる。

ドンナイ川とその支流であるカイ川の合流点近くにあるビンズン省フ−チャイン遺跡から

墓葬に伴う、�T式銅鼓2点と四乳虺龍文鏡1点が出土した。この四乳虺龍文鏡は前漢末

即ち、紀元前１世紀末の製品であり、鋳造から入手、副葬までの時間を考慮すれば、この

墓は紀元１世紀頃のものと推定出来る。銅鼓の年代も同様である。[文献０１]

フ−チャイン遺跡の立地は、ドンナイ川というベトナム南部の内陸と海とを結ぶ河川交通

の幹線と、その支流との合流点という交通運輸の拠点であり、そのような拠点に銅鼓や漢

鏡を威信財とする人物が存在したと考えられる。前漢から後漢にかかる時期、紀元前２世

紀から紀元１世紀頃、ベトナム南部丘陵地帯の社会の中で、威信財として銅戈や銅鼓を持

ち、大型の石室墓に葬られる人物が登場するような階層化社会が出現してきたことを意味

する。ここに王権の成立の萌芽を見出し得る。しかし、この銅戈も銅鼓も、また漢鏡も

ベトナム南部社会で生み出されたものではなく、北部や中国という外部社会から齎された

貴重品であり、このような階層化社会が内陸部の社会の中だけで形成されていったのでは

なく、その背後には南シナ海とドンナイ川に代表される河川による交通と運輸を媒介とし

た、ベトナム北部・中国南部さらにはインド東部・南部との交渉が大きな契機となった

ことを考慮する必要がある。[文献０１]　　　

 

ｄ）東北タイの王権成立の動き

　紀元前３世紀頃から、主としてムン川、チ−川の流域に環濠と土塁で囲まれた環濠集落
が現れてくる。ムン川流域の環濠遺跡での平均面積は約25haであるが、大規模な例では

70ha近くに達するブリラム県バンムアンファイ遺跡などがある。集落数増加と集落規模

拡大は、人口増加と経済的繁栄を物語っているが、環濠を持つ集落と持たない集落がある。

４２

両者の社会の規模には大きな違いがある。大規模集落を可能にするにはその経済的基盤が

裏づけとしてあり、またそれを統率するリ−ダ−の存在が欠かせないだろう。

 

大環濠集落を核とし、その周囲に小規模な無環濠集落が付属する構造が複合して出来たの
が地域圏であり、紀元前一千年紀後半から、ムン川、チ−川の流域にこれらの地域圏が幾
つも形成されていった。このような地域圏が、その後の東北タイ社会を規定していったと
考えられ、東北タイ社会は、集団内部での階層差の発生と同時に、集団間での階層差も生
じるという重層構造を呈してきた。一方、このような環濠とは違う、集落を取り囲む別の
施設を巡らした遺跡も現れる。ムン川中流の左岸にあるスリン県ノンヤン遺跡では紀元前
３世紀以前からジャポニカ型の減水期稲栽培を基盤とする村落が出来ていた。紀元前１世
紀になると直径30�pの丸太を等間隔に立てた木柵列で集落を囲うようになる。さらに紀元
１世紀頃には深さ、幅ともに5mにも達するＶ字溝が集落の周囲に掘られている。

Ｖ字溝は水管理のためではなく、防御を目的とした濠である。ノンヤン遺跡はムン川中流

の河川交通を掌握する地点に立地し、このような重要な交通路の拠点には防御を主目的と
する施設を持つ集落が現れた。メコン河と内陸を結ぶ幹線交通路であるムン川の重要性を
示すものである。王権誕生への環境が出来上がりつつあった。が、このような状況がずっ
と続き王権の成立、国家の形成には、７世紀まで待たなくてはならなかった。

 

ｅ）カンボジアの王権成立の動き

　インド方面からの“鉄”の伝播の検証のところで記したように、紀元前後からインド人の海外進出
が活発となった。その理由は遠洋航海用の船舶の建造、インドと紅海及び地中海の諸港との交易
が拡大したこと、カ−スト制度の打破を目指す仏教の弘布、未開人に対する嫌気感が除去された
こと、などである。インド人航海者たちは、地中海世界などが買い上げてくれる黄金・香料・香木・
樹脂などを捜し求め、ガンジス河から遠く離れた東南アジア方面へ来航していた。

これにより東南アジア各地の沿岸や河岸には、港市が海上ル−トの諸所に誕生してきた。

先に記したチャンパ（林邑）もその１つであるが、シャム湾に面したメコン河下流域の「扶南」という

港市国家が、１世紀頃から歴史に登場してくる。

扶南の建国の状況は不明で、建国神話によれば「混滇というバラモンが来航して現地の女王
柳葉と結婚して国を作る」という筋書きとなっている。これはインド文化がカンボジアに
入ってきた史実に基づいているものと思われる。しかし、当時の海上交易上最も大きな国
で、後背地にメコンデルタの肥沃な平野を持ち、地理的条件に恵まれていた。

扶南の外港であったオケオは現在のベトナム南部メコンデルタのロンセン省にあり海岸
から25�q内陸に入った地点にあり、インドと中国の海路上の重要な中継地であった。

オケオとその周辺は、早くから金属器文化を持ち、漁撈や農耕を基盤とした自立性ある

集落・社会が営まれていた。交易が活発となり、集荷などのためにインド人駐在者が定住

４３

するようになり、混血していった。こうして時間をかけてインド文化が伝播していく中で、

バラモンと名乗る人達は祭祀や秘儀を執り行い、自己の権威付けを求める現地の首長達に
迎えられていったと思われる。こうしてインドから持ち込まれた政治・経済・宗教などの

仕組みや枠組みが支配者層を中心に受容されたが、基層文化である精霊信仰は部分的には
混淆しながらも、インドから伝えられたヒンドゥ−教や仏教と共存していった。

 

こうしたインド・中国との交易の盛行の結果、港市が形成され、やがてインドの政治宗教
思想や制度、技術の枠組みを使って、東南アジア古代ではベトナムを除き、国家が成立
してくる。[文献０１]・ [文献０２] ・ [文献０３]

東南アジアの初期鉄器文化の社会様相は、各地の初期王権の発生・初期国家の成立に向かう。

以上

 

 

 

 

 

出典・参考文献

[文献０１]　古代王権の誕生�U　　　　　　　　　　　　角田文衛・上田正昭監修　　角川書店　　　２００３

[文献０２]　東南アジア史　　�T　　　　　　　　　　　　山本達郎他　　　　　　　　　　岩波書店　　　２００１

[文献０３]　世界の歴史-東南アジアの伝統と発展　石澤良昭　　　　　　　　　　　中央公論社　　１９９８

[文献０４]　東南アジアの考古学　　　　　　　　　　　坂井隆他　　　　　　　　　　　　同成社　　　　１９９８

[文献０５]　晋寧石寨山　　　　　　　　　　　　　　　　張　増祺　　　　　　　　　　　雲南美術出版　　１９９８

[文献０６]　西アジアの考古学　　　　　　　　　　　　大津忠彦他　　　　　　　　　　　同成社　　　　 １９９７

[文献０７]　ベトナムの考古文化　　　　　　　ハ・ヴァン・タン編著・菊地　誠訳　　大蔵出版　　　１９９１

[文献０８]　インド考古学の新発見　　　　　Ｂ・Ｋ・ターバル著・小西正捷他訳　　雄山閣出版　　１９９０

[文献０９]　考古学雑誌　　72巻3号　　　　　　　　横倉雅幸　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１９８７

[文献１０]　東南アジア世界の形成　　　　　　石井米雄・桜井由躬雄　　　　　　　講談社　　　　１９８５

[文献１１]　先史時代のインド文化　　　　　Ｄ・Ｈ・ゴードン著・青江舜二郎訳　紀伊国屋書店　１９７２

[文献１２]　世界考古学体系第８巻　南アジア　　　水野清一編　　　　　　　　　　　平凡社　　　　１９６１

[文献１３]　東南アジア考古学会会報　　第５号　　東南アジア考古学会編　　　同左　　　　　　１９８５

[文献１４]　東南アジア考古学会会報　　第６号　　東南アジア考古学会編　　　同左　　　　　　１９８６

[文献１５] 東南アジア考古学会会報　　第７号　　東南アジア考古学会編　　　同左　　　　　　１９８７

[文献１６] 東南アジア考古学会会報　　第８号　　東南アジア考古学会編　　　同左　　　　　　１９８８

[文献１７] 東南アジア考古学会会報　第１３号　　東南アジア考古学会編　　　同左　　　　　　１９９３

[文献１８]　東南アジア考古学会会報　第１８号　　東南アジア考古学会編　　　同左　　　　　　１９９８

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